地味ですが古墳の立地がよくわかる点で貴重です
大坊古墳、二子塚古墳はじめ数多くの古墳が残る福山市。その多くが横穴石室を持つ後期の古墳ですが、今回の潮崎山古墳は4Cの築造と考えられる小型の前方後円墳です。墳長は30m。大佐山白塚古墳を見たあと、芦田川を挟んだ南側の丘陵に急ぎました。比高差は50m、標高70mまで一挙にのぼります。説明板のあるところから古墳まで道が整備されており、上ると後円部の裏側あたりに着きます。墳丘に着くと一挙に視界が広がりました。といっても雑木に遮られて、その隙間からといったほうが正しいのですが、北側には今さっき渡った芦田川が流れ、その先には大佐山白塚古墳近くを流れる神谷川が合流しています。水運が盛んだった古墳時代、ここは多くの物資が行きかうところだったのではないでしょうか。
説明板には、この古墳が「瀬戸内と内陸部を結ぶ交通路を抑えられる要所に位置しています」と
ありましたが、なるほどという感じです。古墳の役割の一つは被葬者の権力を「見せる」ことですが、築造当時、神谷川側、つまり現在の国道486号線沿いからは、この古墳がよく見えたのではないでしょうか。墳丘の前方部は削られていますが、墳長30m、後円部径18m、高さ2m、前方部幅は6mに復元できるそうです。この古墳が知られているのは、後円部の埋葬施設から江戸時代に三角縁神獣鏡(この鏡は県の重要文化財)が出土しているためで、それは鳥取県倉吉市の国分寺古墳出土の鏡と同形であるそうです(説明板)。


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