疎林のなかにひっそり眠る大型前方後円墳!
栃木県の100m 前後の大型前方後円墳、今回で4回目になります。これまで吾妻古墳、塚本古墳、笹塚古墳、琵琶塚古墳と紹介してきましたが、今回は琵琶塚古墳からほど近い魔利支天塚古墳です。いずれも3D所在地マップでわかるように黒川と思川近くに築かれていて、古墳時代後期の有力首長がこの辺りを支配していたということがよくわかります。もちろん多少の流路の変化はあるでしょうが、当時、二つの川が水運で頻繁に利用されていたことが想像されます。
古墳の楽しみ方は色々あると思います。前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳等様々な墳丘の形や大きさに関心を持つ人も、あるいは、墳丘に並べられた埴輪や葺石、さらには埋葬施設や副葬品に興味を持つ人もいます。古墳時代350年間を日本史のなかにどう位置づけるかももちろんです。同時に、今に残る墳丘や埋葬施設(とくに横穴式石室)が、現在の光景とどうマッチしているのか、視的観点から興味を持つという人もいるでしょう。自分もその一人です。その意味で、既に紹介した琵琶塚古墳上の雑木林が伐採されてしまったのは残念で仕方がありません(根が墳丘を痛めるのでやむを得ませんが)。その琵琶塚古墳の前方部の先すぐに見えるのが、琵琶塚よりも早く造られた首長墓、魔利支天塚古墳で、こちらは再訪した25年春も疎林のなかにその美しい姿を湛えていました。木漏れ日の中の墳丘など、そうは見られません。この光景をなくさないでと祈るような気持ちです。魔利支天塚古墳自身の詳細データは、初回ブログをご覧ください。こちらです(クリック)。

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栃木県の100m 前後の大型前方後円墳、今回で4回目になります。これまで吾妻古墳、塚本古墳、笹塚古墳、琵琶塚古墳と紹介してきましたが、今回は琵琶塚古墳からほど近い魔利支天塚古墳です。いずれも3D所在地マップでわかるように黒川と思川近くに築かれていて、古墳時代後期の有力首長がこの辺りを支配していたということがよくわかります。もちろん多少の流路の変化はあるでしょうが、当時、二つの川が水運で頻繁に利用されていたことが想像されます。
古墳の楽しみ方は色々あると思います。前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳等様々な墳丘の形や大きさに関心を持つ人も、あるいは、墳丘に並べられた埴輪や葺石、さらには埋葬施設や副葬品に興味を持つ人もいます。古墳時代350年間を日本史のなかにどう位置づけるかももちろんです。同時に、今に残る墳丘や埋葬施設(とくに横穴式石室)が、現在の光景とどうマッチしているのか、視的観点から興味を持つという人もいるでしょう。自分もその一人です。その意味で、既に紹介した琵琶塚古墳上の雑木林が伐採されてしまったのは残念で仕方がありません(根が墳丘を痛めるのでやむを得ませんが)。その琵琶塚古墳の前方部の先すぐに見えるのが、琵琶塚よりも早く造られた首長墓、魔利支天塚古墳で、こちらは再訪した25年春も疎林のなかにその美しい姿を湛えていました。木漏れ日の中の墳丘など、そうは見られません。この光景をなくさないでと祈るような気持ちです。魔利支天塚古墳自身の詳細データは、初回ブログをご覧ください。こちらです(クリック)。

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