墳丘の木々伐採前後で墳丘はどう変わったのでしょう?
2025年春に再訪して本当にびっくりしました。2016年12月に訪ねた時の墳丘の姿とはまるで違っていたからです。実は2023年12月にリニューアル統合版を作成した際に、小山市のHPで現在の姿を見て驚きのあまり、市の文化財担当の方に電話したことを思い出します。それから2年ほど経ち、この目で現在の姿を確認しようと、以前と全く同じルートで小金井駅から琵琶塚古墳まで歩いてみました。今回の動画冒頭がそれです。正直、樹木が伐採された墳丘は風情がなくなりました。ただし、古墳が造られた当時の姿には、現在のほうが近いのかもしれません。大きくなった樹木の根が墳丘を破壊するというのは、全国の古墳を歩いてしばしば耳にし、目にします。ごたぶんにもれずということなのでしょう。 琵琶塚古墳は栃木県では壬生町の吾妻古墳につぐ長さ124mの前方後円墳です。6C初めに造られたと考えられています。両者は比較的近くに造られていますが、墳丘最下段の幅が広い下野型前方後円墳で6C後半築造の吾妻古墳(6C後半)とは違い、いたって普通の前方後円墳です。ということはそれぞれ別のグループだったということなのかもしれません。琵琶塚のすぐ横には、琵琶塚よりも前の5C末に造られた大型前方後円墳、摩利支天古墳があり、こちらも下野型前方後円墳ではありません。肝心の琵琶塚古墳。前述のように2013年度以降の発掘調査の過程で、美形の樹木は伐採されてしまいました。この動画では後半で、まだ木々が生い茂っていた2016年12月初旬の琵琶塚古墳を紹介しています。2023年にアップしたリニューアル統合版(クリック)では、今回の動画には反映できなかった西側からみた墳丘も収録されています。国指定史跡(撮影2025年3月下旬、2017年12月初旬)。


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2025年春に再訪して本当にびっくりしました。2016年12月に訪ねた時の墳丘の姿とはまるで違っていたからです。実は2023年12月にリニューアル統合版を作成した際に、小山市のHPで現在の姿を見て驚きのあまり、市の文化財担当の方に電話したことを思い出します。それから2年ほど経ち、この目で現在の姿を確認しようと、以前と全く同じルートで小金井駅から琵琶塚古墳まで歩いてみました。今回の動画冒頭がそれです。正直、樹木が伐採された墳丘は風情がなくなりました。ただし、古墳が造られた当時の姿には、現在のほうが近いのかもしれません。大きくなった樹木の根が墳丘を破壊するというのは、全国の古墳を歩いてしばしば耳にし、目にします。ごたぶんにもれずということなのでしょう。 琵琶塚古墳は栃木県では壬生町の吾妻古墳につぐ長さ124mの前方後円墳です。6C初めに造られたと考えられています。両者は比較的近くに造られていますが、墳丘最下段の幅が広い下野型前方後円墳で6C後半築造の吾妻古墳(6C後半)とは違い、いたって普通の前方後円墳です。ということはそれぞれ別のグループだったということなのかもしれません。琵琶塚のすぐ横には、琵琶塚よりも前の5C末に造られた大型前方後円墳、摩利支天古墳があり、こちらも下野型前方後円墳ではありません。肝心の琵琶塚古墳。前述のように2013年度以降の発掘調査の過程で、美形の樹木は伐採されてしまいました。この動画では後半で、まだ木々が生い茂っていた2016年12月初旬の琵琶塚古墳を紹介しています。2023年にアップしたリニューアル統合版(クリック)では、今回の動画には反映できなかった西側からみた墳丘も収録されています。国指定史跡(撮影2025年3月下旬、2017年12月初旬)。


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