カチッとした残りのよい玄室は石室ファン必見ですね
今回は広島の世羅町(旧国でいうと広島県は安芸と備後にわかれますが、世羅町は岡山県寄りの備後に位置します)の古墳を訪ねようと、品川を早朝に発ち、広島には10時2分着。事前の調べではわかっていたとはいえ、ここから古墳のある世羅町へは、広島バスセンターに移動しなければなりません。てっきり広島バスセンターは、広島駅にあると思ったのですが、違うのですね。バスセンターから甲山営業所までの高速バスは10時30分発。どうしてもこれに乗らないといけないとやむを得ずタクシー。ところが渋滞にはまり、着いたのは20分をすぎていました。焦ります。ともあれようやくチケットをゲット。ぎりぎりで飛び乗ることができました。
広島駅から県北東部の世羅町までは90㎞あまり。道中は快適でした。皆さん車で移動するのか、世羅町まで高速バスという人はほとんどいないようで、車内は途中から私一人。11時56分に世羅中央病院南というバス停に到着。駅伝で有名な世羅高校はすぐ近くのようですが、そこはカット。道を確認しようと人を探しますが見えません。ようやく道沿いの電器屋さんに確認して、メインの康徳寺古墳に向かいました。国道沿いに歩き、コンビニを右折すればすぐのようです。動画冒頭の光景ですね。
残念ながら墳丘、開口部前が狭く、墳丘全体をとらえることができませんでしたが(最後のほうちちらっと)、径17m、高さは高く5mの円墳です。緑に覆われていてなかなかいい感じと思いながら開口部に近づくと、カチッとした石積みが見えてきました。羨道はあまり残っていなくて長さ2.4m。すぐに玄門ですが、玄室の長さは5.9m、幅2.5m 、高さ2.9mとかなり大型です。幅が2mを越すと大型石室といっていいようですから、まぎれもなく大型です。玄室奥壁は下部に大型の一石を置き、上にいくにしたがって小型の石材を積んでいます。左右の側壁はほぼ同じ大きさの中型石材を下部2段に積み、その上に小型の石材を積んでいます。天井はおそらく3枚。やや全体として持ち送っています。 奥壁からみると玄門の袖の立柱石がすっと立っていて印象的でした。出土品は銅製の耳環、須恵器、土師器などが確認されています(撮影2024年11月末)。


今回は広島の世羅町(旧国でいうと広島県は安芸と備後にわかれますが、世羅町は岡山県寄りの備後に位置します)の古墳を訪ねようと、品川を早朝に発ち、広島には10時2分着。事前の調べではわかっていたとはいえ、ここから古墳のある世羅町へは、広島バスセンターに移動しなければなりません。てっきり広島バスセンターは、広島駅にあると思ったのですが、違うのですね。バスセンターから甲山営業所までの高速バスは10時30分発。どうしてもこれに乗らないといけないとやむを得ずタクシー。ところが渋滞にはまり、着いたのは20分をすぎていました。焦ります。ともあれようやくチケットをゲット。ぎりぎりで飛び乗ることができました。
広島駅から県北東部の世羅町までは90㎞あまり。道中は快適でした。皆さん車で移動するのか、世羅町まで高速バスという人はほとんどいないようで、車内は途中から私一人。11時56分に世羅中央病院南というバス停に到着。駅伝で有名な世羅高校はすぐ近くのようですが、そこはカット。道を確認しようと人を探しますが見えません。ようやく道沿いの電器屋さんに確認して、メインの康徳寺古墳に向かいました。国道沿いに歩き、コンビニを右折すればすぐのようです。動画冒頭の光景ですね。
残念ながら墳丘、開口部前が狭く、墳丘全体をとらえることができませんでしたが(最後のほうちちらっと)、径17m、高さは高く5mの円墳です。緑に覆われていてなかなかいい感じと思いながら開口部に近づくと、カチッとした石積みが見えてきました。羨道はあまり残っていなくて長さ2.4m。すぐに玄門ですが、玄室の長さは5.9m、幅2.5m 、高さ2.9mとかなり大型です。幅が2mを越すと大型石室といっていいようですから、まぎれもなく大型です。玄室奥壁は下部に大型の一石を置き、上にいくにしたがって小型の石材を積んでいます。左右の側壁はほぼ同じ大きさの中型石材を下部2段に積み、その上に小型の石材を積んでいます。天井はおそらく3枚。やや全体として持ち送っています。 奥壁からみると玄門の袖の立柱石がすっと立っていて印象的でした。出土品は銅製の耳環、須恵器、土師器などが確認されています(撮影2024年11月末)。









