横穴式石室の見学の仕方も色々ありますね!
最寄り駅はJR神保原駅。さてどこだろう?高崎線は結構乗っていますが、ピンときませんでした。私の好きな大型前方後円墳、大鶴巻古墳の最寄り駅は高崎の一つ手前の倉賀野駅。高崎の先は、高崎線とは呼ばないし、どこにあるかと思ったところ、深谷を過ぎて高崎に向かう途中にありました。倉賀野の二つ手前です。高崎にも、倉賀野にも今でも知られた古墳が数多く残ることからすれば、今回の浅間山古墳がポツリ存在していたわけではないことがわかります。現地説明板にも、旭・小島古墳群の一基を構成するとありました。径38m、高さ7mの円墳に横穴式石室が設けられています。出土品は数多く、直刀、鉄鉾、鉄鏃多数、須恵器平瓶などがあり、特に平瓶は仏教文化の影響を受けているのではないかとの指摘もあります。
肝心の横穴式石室ですが、横穴式石室ってどんなものと期待しながら見学する方々にとり、少々面らうかもしれない古墳です。本来、古墳時代の後期中心に作られた埋葬施設である横穴式石室は、亡骸が安置されている玄室とそこに至る羨道(せんどう)からなっています。盗掘などで破壊されていない限り、今でも羨道の開口部から玄室に至る本来の横穴式石室は、「古墳にワクワク」でも多数紹介しています。ところが、今回の浅間山古墳、なんらかの事情で調査後、羨道部分は完全に埋め戻され、現在、見学できるのは、穴の開いた玄室の天井から玄室内を見下ろした部分だけです。はじめて古墳、いや、古墳の横穴式石室を見学する人には、なかなかイメージをつかみにくく、これはいったいなんだと思うに違いありません。現地、説明板にも、この点の説明はないのが残念です。ただ、天井部分から見下ろした玄室内は、胴張り(玄室内の床面が左右に膨らむ)形式だということが非常によくわかります。石室の規模は、全長約9.48m、埋葬部にあたる玄室は長さ6.48m、奥壁幅2.2m、最大幅2.4m、天井部高2.5mです。入口にあたる羨道は長さ約3m、幅1.2m、高さ1.8mです。このように玄室内を天井部分からのぞき込むというのは、最近整備された岡山県岡山市の千足古墳もそうです(撮影2023年10月末)。


最寄り駅はJR神保原駅。さてどこだろう?高崎線は結構乗っていますが、ピンときませんでした。私の好きな大型前方後円墳、大鶴巻古墳の最寄り駅は高崎の一つ手前の倉賀野駅。高崎の先は、高崎線とは呼ばないし、どこにあるかと思ったところ、深谷を過ぎて高崎に向かう途中にありました。倉賀野の二つ手前です。高崎にも、倉賀野にも今でも知られた古墳が数多く残ることからすれば、今回の浅間山古墳がポツリ存在していたわけではないことがわかります。現地説明板にも、旭・小島古墳群の一基を構成するとありました。径38m、高さ7mの円墳に横穴式石室が設けられています。出土品は数多く、直刀、鉄鉾、鉄鏃多数、須恵器平瓶などがあり、特に平瓶は仏教文化の影響を受けているのではないかとの指摘もあります。
肝心の横穴式石室ですが、横穴式石室ってどんなものと期待しながら見学する方々にとり、少々面らうかもしれない古墳です。本来、古墳時代の後期中心に作られた埋葬施設である横穴式石室は、亡骸が安置されている玄室とそこに至る羨道(せんどう)からなっています。盗掘などで破壊されていない限り、今でも羨道の開口部から玄室に至る本来の横穴式石室は、「古墳にワクワク」でも多数紹介しています。ところが、今回の浅間山古墳、なんらかの事情で調査後、羨道部分は完全に埋め戻され、現在、見学できるのは、穴の開いた玄室の天井から玄室内を見下ろした部分だけです。はじめて古墳、いや、古墳の横穴式石室を見学する人には、なかなかイメージをつかみにくく、これはいったいなんだと思うに違いありません。現地、説明板にも、この点の説明はないのが残念です。ただ、天井部分から見下ろした玄室内は、胴張り(玄室内の床面が左右に膨らむ)形式だということが非常によくわかります。石室の規模は、全長約9.48m、埋葬部にあたる玄室は長さ6.48m、奥壁幅2.2m、最大幅2.4m、天井部高2.5mです。入口にあたる羨道は長さ約3m、幅1.2m、高さ1.8mです。このように玄室内を天井部分からのぞき込むというのは、最近整備された岡山県岡山市の千足古墳もそうです(撮影2023年10月末)。








