高校を見下ろすように残る巨大石室
JR姫新線の本竜野駅下車。ここから古墳のある県立龍野高校までのルートはマップを見る限り迷うことはなさそうです。何より学校というのは、小学校にせよ、高校にせよ、地元の人で知らない人はいないからです。途中市役所の前を通るというのも心強く、青空が広がる朝を急ぎました。そのあたりの光景は動画の冒頭に出てきます。ずいぶんと賑やかですね。揖保川を渡るあたりは特に交通混雑。古墳時代も今と同様、人々や物の流れがあったのではないでしょうか。そのようなことを思いながら、ようやく龍野高校が見えるところに到着。ただ、古墳は高校校舎裏手の山裾にあり、最もショートカットは高校を突っ切ることですが、面倒そうなので、東隣りの常照寺の境内をとおり、グランドに近づくことにしました。これはなかなか風情のあるいいルートでした。境内に竹林の道があり、それを通るとグランドに出るのです。ここが狐塚古墳に先行する首長墓があったところと後で知りました。そのグランドを右手にみながら東に歩くと、左手に大きな説明板があり、到着です。
ご覧のように結構、墳丘の残りはよいようです。ただ、横穴石室の開口部は、南東側を向いているためか、よく見ないと気が付きません。ぐるっと一周。段築(あったとすれば)2段目あたりに、開口している石室前は狭く、急斜面です。 その石室、長さ約10mあり、結構な規模です。入ってわかりましたが、玄室にも土砂が堆積していることを考えると、現状よりも天井の高い、より大きな石室だと考えられます。ところが、堆積した土砂のために羨道の高さは1m弱と、匍匐前進するほどでもなく、しかし、立って歩くには不自由という中途半端な大きさで難儀しました。動画にとっては最悪のコンディションです。しかも、カメラのオートフォーカス機能のいたずらでしょうか。急に被写体の石室が拡大していて、あとで見返してみてがっかりでした。とはいえ、落書きがある以外は玄室はよく残されていて、巨大空間を楽しめました。とりわけ、奥壁に立って羨道方向を見た時の迫力は、まぐさ石、天井石の巨大さもあって、十分でした。ただ、技術的には洗練されているとはいえず、整美とは書けませんでした。動画の最後に付け加えましたが、狐塚古墳と龍野高校の位置関係がわかるシーンを挿入しました(撮影2023年1月12日)。



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JR姫新線の本竜野駅下車。ここから古墳のある県立龍野高校までのルートはマップを見る限り迷うことはなさそうです。何より学校というのは、小学校にせよ、高校にせよ、地元の人で知らない人はいないからです。途中市役所の前を通るというのも心強く、青空が広がる朝を急ぎました。そのあたりの光景は動画の冒頭に出てきます。ずいぶんと賑やかですね。揖保川を渡るあたりは特に交通混雑。古墳時代も今と同様、人々や物の流れがあったのではないでしょうか。そのようなことを思いながら、ようやく龍野高校が見えるところに到着。ただ、古墳は高校校舎裏手の山裾にあり、最もショートカットは高校を突っ切ることですが、面倒そうなので、東隣りの常照寺の境内をとおり、グランドに近づくことにしました。これはなかなか風情のあるいいルートでした。境内に竹林の道があり、それを通るとグランドに出るのです。ここが狐塚古墳に先行する首長墓があったところと後で知りました。そのグランドを右手にみながら東に歩くと、左手に大きな説明板があり、到着です。
ご覧のように結構、墳丘の残りはよいようです。ただ、横穴石室の開口部は、南東側を向いているためか、よく見ないと気が付きません。ぐるっと一周。段築(あったとすれば)2段目あたりに、開口している石室前は狭く、急斜面です。 その石室、長さ約10mあり、結構な規模です。入ってわかりましたが、玄室にも土砂が堆積していることを考えると、現状よりも天井の高い、より大きな石室だと考えられます。ところが、堆積した土砂のために羨道の高さは1m弱と、匍匐前進するほどでもなく、しかし、立って歩くには不自由という中途半端な大きさで難儀しました。動画にとっては最悪のコンディションです。しかも、カメラのオートフォーカス機能のいたずらでしょうか。急に被写体の石室が拡大していて、あとで見返してみてがっかりでした。とはいえ、落書きがある以外は玄室はよく残されていて、巨大空間を楽しめました。とりわけ、奥壁に立って羨道方向を見た時の迫力は、まぐさ石、天井石の巨大さもあって、十分でした。ただ、技術的には洗練されているとはいえず、整美とは書けませんでした。動画の最後に付け加えましたが、狐塚古墳と龍野高校の位置関係がわかるシーンを挿入しました(撮影2023年1月12日)。



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