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古墳にワクワク(旧古墳を動画で見るサイト)へようこそ。なんでも実際に見てみないと気が済まない私。古代史ファンとして3世紀中頃から7世紀初頭に東北から九州まで造られた数多くの古墳の内、墳丘が残り実際に登れるものを訪ねはじめたのは2011年秋のことです。その間、偶然動画で撮った長野県千曲市の森将軍塚古墳が転機になりました。墳丘のスケールや石室の空間を味わうには動画が最適。そんな思いから撮りためたものを見て頂くことにしました。素人ですから古墳マニアの先輩諸氏や専門家の方々からは厳しいご指摘はあるかと思います。基本情報に加え一古墳につき1の動画(2-4分)を用意しました。なお以前は短い複数の動画を用意しましたが統合版として1本にする作業を行っています。この試みが古墳を具体的にイメージする一助となれば幸いです。



近鉄吉野線の越部の駅から、えーっこれが国道と思わず口から出てしまった169号線を恐る恐る東へ歩きます。というのも、ひっきりなしに車がとおるのです。もちろん歩道はありません。15分ほどでしょうか。県道222号とぶつかったところを大きく左折しているところが動画の冒頭です。振り返ると現代の墓地が高台の向こうにみえます。槇ヶ峯古墳の掲示にしたがって墓地の中を横切るようにして北側にまわると、かなり幅のある道が続き、その先に古墳横に造られた東屋(あとでわかった)がみえます。ここまでくれば一安心。このあとブログでの紹介は前になってしまいましたが、稲荷山古墳に寄らないといけないのです。
槇ヶ峯古墳、残念ながら墳丘の残りはあまりよくありません。元は径11m、高さ2.6mの円墳だったようですが現状はその半分ほどでしょうか。そして石室も3.3mほどあった羨道は側壁、天井も欠損し、いきなり玄室だけが口を開けています。ただこれだけ羨道が破壊されているのに玄室はほぼ完存していることにびっくりしました。盗掘者も玄室がどのようなところかはわかっていたのかもしれません。片岩(緑泥片岩かは不明)独特の平らな石を丁寧に積み上げて造られた玄室は長さ2.2m、幅、高さともに1.6mと狭小です。奥行きがないので、全体を俯瞰できないのが残念ですが、この石室の最大の特徴は側壁を結ぶように造られた石棚です。幅110㎝ 奥行き80㎝ですが、厚さは10㎝と薄く、石棚の役割としてよくいわれる補強材のようには思われません。なんのためなのでしょうか。供物でも置いたのでしょうか。皆さんはどうお考えでしょうか。なお紀の川沿いの和歌山県に多い石棚付きの石室は、奈良県ではこの古墳以外では岡峯古墳(クリック)と三里古墳(クリック)だけです(撮影2022年1月末)。
