京都府は本当に広いですね。今回の網野銚子山古墳はじめ、蛭子山古墳、神明山古墳と100m超の前方後円墳は、日本海側の3大古墳と呼ばれているように、京都府北西部に築かれています。網野銚子山近くの京丹後鉄道の網野駅まで、京都駅から特急を使っても2時間半以上かかります。それはともかく、古墳時代は日本海側の物流の拠点であったことは間違いがありません。それでなければ、全国でも上から数えて30番目ほどの規模をもつ(墳長201m)前方後円墳、網野銚子山古墳を築ける道理がありません。より早い4C前半の築造である蛭子山古墳は長さ145m、網野銚子山古墳のあと4C末と考えられている神明山古墳は190mにもなります。 地理的理由もあってなかなか網野銚子山行きは実現しなかったのですが、京丹後市のHPを開けてみると、この巨大前方後円墳を整備公開するとのこと。これは見ないわけにはいきません。幸い整備中ではあるけれど見学は可能とのこと。ついでに、海の側からこの巨大前方後円墳を見上げることのできる場所を聞いてみたところ、京丹後市の網野庁舎前が現在空地になっていて、そこならば遮るものがないので、よいのではないかとの助言。なるほど動画冒頭にあるように、雑木林に覆われているものの、後円部ははっきりと確認でき大満足でした。
さて、そこから墳丘に上るにはどうしたものか。簡単に登れそうでしたが、網野庁舎で聞いても、要領を得ません。こういう時は地元の高齢者に聞くのが一番と、店先に野菜が並ぶに飛び込むと、そのおばさま(おばあさんではない)、小学校の時に上った道を、こちらですよと案内してくれました。この時の映像、撮り忘れです(悲)。途中で日本海が遠くに見ながら墳頂を目指します。後円部頂上は径50mほどもあろうかと思われる広さでびっくり。実は、動画の前半で、南東側の墳丘を紹介していますが、あれは後円部を観察し、その後、後円部裾を海側からぐるっと回ったあとに目に入った光景です。思わず海側とのあまりの違いに声が出ました。幸い、整備工事が休みだったのか人っ子一人おらず、その空間に広がる雄姿を満喫しました。立ち去り難かったです。 あとでわかりましたが本来の古墳へのルートは、動画で紹介されている前方部への上る階段につらなる本覚寺横の道だったようですが後の祭り。前方部の海側はかなり農耕地や現代の墓として利用されて改変されている印象ですが、整備工事が進む山側は実にすっきりしていることはおわかりのとおりです。三段築成で周濠が北側を除き造られています。整備後に並ぶのかはわかりませんが2000本の円筒埴輪と葺石の存在が明らかになっています。なお、後円部近く、前方部近くに2基の陪塚があります(撮影2021年10月)。


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