一辺8mの石積みの墳丘に横穴石室だそうですが
清水前古墳群(クリック)はじめ高畠町の北部、屋代川沿いの古墳から南に5㎞ほど下った砂川沿いにある古墳です。日暮れ前には散策を終えることを考えるとデマンドタクシーをお願いするしかありません。13時半に「道の駅たかはた」から出発。相乗りのお客さんは、おばあちゃん一人。いつも利用されているようでドライバーと話が弾んでいました。そのあとは古墳近くのたかはたファームまで、 小型バスは私一人。快適です。
ただ、なんでこんなところに行くのと聞かれ、いやな予感がしました。鼠持古墳という古墳時代のお墓がこの近くにあるんですが、ご存じないですか、と私。知らないなとつれない返事。Google のマップにも載っているぐらいだから、すぐにわかるだろうと下車し、 北方向に歩き始めました。緩やかな坂道ですが、左手は山裾にずーっとロープが張られています。どうやら勝手に松茸を採りに来るマナーの悪い人々が後を絶たないらしいのです。
Google map によれば、500mほど行った右に古墳はあるはずです。平坦面が続くなか、ところどころ墳丘らしき高まりも見えます。しかし近くまで行っても鼠持古墳ではありません。やむなく、引き返したところに、運よく女性の姿が。聞いたところまだだいぶ先で、しかも左側の山裾だとのこと。Google map とは反対ではないですか。こういうこともあるなと自分を宥めつつ、先を急ぎます。 ついに発見です。残念ながら草茫々で清水前古墳群はじめ、午前中に訪ねた古墳とは大違い。うーん。正直、気分が落ち込みます。
本来ならば、一辺8mの石積みされた方形壇のうえに1mほどの盛り土された墳丘がみえるはずです。ただこれまで訪問された方々の画像などをみるときれいに草刈りされた時もあるようで、タイミングが悪かっただけなのかもしれません。 肝心の石室ですが、高畠町の他の古墳が比較的柔らかい凝灰岩とは違い石英粗面岩で造られています。調べてみると花崗岩に近いようです。どおりで硬質な感じを受けました。羨道と玄室からなる長さ3.6mの石室で、玄室は長さ1.2m、幅1.2m、高さも1.2mとかなり窮屈です。しかも両袖式の石室ですから、羨道の幅は1mほどで高さも同様。前かがみになって歩くと足場も悪く大変でした。説明板によれば羨道の床は小石が、玄室の床には6㎝程度の礫が敷き詰められているそうですが、であればもっと歩きやすいはず。調査後、荒れたのでしょうか。
それはともかく、石室は開口部からもわかるように土圧で歪んでいますが、天井石が抜かれた古墳よりはよほどよいと思いました。説明板によれば、石室内からおびただしい数の骨片と少量の鉄片が確認されているそうです。石積みによる方形壇に石室。方墳といってよいのかわかりませんが、かなり独特な造りであったことは確かなようで、その点も含め終末期古墳と結論付けています。今回はgoogle ではなく国土地理院の高低差がわかる地図で鼠持古墳の場所を示してみました。歩いた時のことを思い出せるほどよくできた地図です(撮影2021年9月28日)。





