御墳印の対象古墳にもなった東日本最大長さ210mの前方後円墳
長さ210mしかないの、と巨大前方後円墳に慣れ親しんでいる方々はお思いかもしれません。日本最大の前方後円墳、百舌鳥古墳群の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)の長さは525m超、その半分にも満たないのですから、そうした感想は当然でしょう。前方後円墳が、ヤマト王権の認可制だったことを考えると、やはり、古墳時代の東国は、中央政権から遠く離れた外れであったことは間違いがありません。他方、東国一の大きさの前方後円墳を造ることが出来たことは、この地では図抜けた権力者であったわけで、そのことは畿内の有力墓に使われていた長持型石棺が墳丘から確認されていることからもわかります。そして、この点は、考古学者の研究から前方後円墳の設計が、応仁天皇陵(誉田御廟山古墳)の二分の一であることも推察できます。
他方、現代に残された古墳時代のモニュメントを景観という観点からすると、太田天神山古墳は、全国でも有数の古墳です。この古墳の見どころは、東国一の墳長という点もさることながら、二重の濠の内、幅25m‐35mほどの内堀が、障害物なく保存され、墳丘全体を見渡せることです。百舌鳥古墳群でも、古市古墳群でも、こうした形で保存できている200m級を越える前方後円墳は一基もありません。途中に障害物があったり、大きすぎて見通しが効かなかったりする古墳ばかりです。 また、太田天神山古墳は自由に墳丘に登れることも強調しておきたいと思います。特に、落葉樹が墳丘を覆っているために、この動画でおわかりのように、冬場は墳丘がかなりはっきり見えます。他方、動画の最後に付け加えていますが、春先から夏にかけては緑が色濃く、墳丘は遠くからはわかりません。訪ねるならば冬場に限ります。東武線太田駅から徒歩15分ほど。最初にアップした際のブログはこちらです(クリック)。なお、最近、太田天神山古墳でも御墳印が発行されたようです(史跡金山城跡ガイダンス施設で月曜日を除き販売)(訪問、2013年7月、2015年2月、2017年12月、2020年9月)。




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他方、現代に残された古墳時代のモニュメントを景観という観点からすると、太田天神山古墳は、全国でも有数の古墳です。この古墳の見どころは、東国一の墳長という点もさることながら、二重の濠の内、幅25m‐35mほどの内堀が、障害物なく保存され、墳丘全体を見渡せることです。百舌鳥古墳群でも、古市古墳群でも、こうした形で保存できている200m級を越える前方後円墳は一基もありません。途中に障害物があったり、大きすぎて見通しが効かなかったりする古墳ばかりです。 また、太田天神山古墳は自由に墳丘に登れることも強調しておきたいと思います。特に、落葉樹が墳丘を覆っているために、この動画でおわかりのように、冬場は墳丘がかなりはっきり見えます。他方、動画の最後に付け加えていますが、春先から夏にかけては緑が色濃く、墳丘は遠くからはわかりません。訪ねるならば冬場に限ります。東武線太田駅から徒歩15分ほど。最初にアップした際のブログはこちらです(クリック)。なお、最近、太田天神山古墳でも御墳印が発行されたようです(史跡金山城跡ガイダンス施設で月曜日を除き販売)(訪問、2013年7月、2015年2月、2017年12月、2020年9月)。




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