今回紹介する中期古墳は大阪府藤井寺市、羽曳野市に展開する古市古墳群の中の二つの前方後円墳です。墳長103mのはざみ山古墳と同145mの野中宮山古墳です。古市古墳群では墳長425mと最大の大きさを誇る応神天皇陵(全国第二位)に治定される誉田御廟山古墳が有名ですが、それ以外にもいくつもの前方後円墳があります。100m以上でも15基もあります。全国で100m超の前方後円墳は302基といわれていますから、古市古墳群の凝集性(狭い地域に密集)が如何に群を抜いているかがわかります。とはいえそのうち11基は宮内庁の陵墓あるいは陵墓参考地になっているために本格的な調査はもちろん、一般人には遠目にそのこんもりとした森を眺めるにことしかできません。このブログでは同古墳群で墳丘に登れる150m古室山110m大鳥塚、それに白鳥陵・清寧陵(いずれもクリックすれば飛べます)を紹介しています。

 本題に戻ります。はざみ山と野中宮山、二つの古墳を一度に紹介するのはそれほど深い理由があるわけではありません。ただ、道を隔てて100mほどの距離にあるということと、動画を見て頂ければおわかりのように野中宮山古墳の方は墳丘に登れるものの改変が著しく単独で紹介するには材料が不足しているからです。色々な事情があったのでしょうが残念です。はざみ山古墳のほうは周濠が開発のため後円部側が埋め立てられているものの墳丘の全体を遠くから観察できます。後円部よりも前方部幅が大きい中期古墳の様子もとらえることができますし墳丘の裾部分がかなり浸食されていることもわかります。こちらは国指定史跡になっています。築造時期は出土品などから野中宮山が5C前半、はざみ山が5C中頃といわれています。興味深いのははざみ山が後円部を西に向けているのに対して、野中宮山は反対に後円部を東に向けていることです。近接して造られているのですから同じ方向を向いてもよさそうですね。ある考古学者に聞いたところ古墳の主軸がどちらを向いているかについてはそれほど規則性はなく地形上の制約によるところが大きいとの答えでした。たしかに古市古墳群も百舌鳥古墳群もオオヤマト古墳群の各古墳もそれぞれ異なる方向を向いています。もっとも奈良の佐紀古墳群のように大半が後円部が北を向いている例もあります(塩塚古墳、クリックすれば飛べます)。
 アクセスは近鉄南大阪線古市駅で下車、北300mにある羽曳野市役所前の170号線をさらに北上し野中東の信号を左折し100mほど歩くと左に野中宮山、右にはざみ山古墳が見えます。駅から15分ほどです(撮影2016926日)。
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