開口部の重厚さが特に印象的な石室
 群馬県には前橋市の宝塔山古墳(クリック)、高崎市の八幡観音塚古墳(クリック)など立派な石室をもった古墳が目白押しですね。今回の北山古墳ははるかに小ぶりではあるものの、なかなか見応えがあります。何より、開口部羨門のまるでサイコロのような左右の大型石と天井石。ずしり、どっしり、どちらでもよいのですが、半端でない重厚さを感じさせます。羨道の玄門よりは通常の3段積みの側壁です。そして玄室ですが、羨道との境の左右の袖石がこれがまた立派。玄室は側壁中ほどが左右に膨らむ胴張り型です。玄室中央より幅の狭い奥壁は、丁寧に平滑されていて凝灰岩性。加工しやすい反面、個人的な印象では重厚さに欠ける気がしていましたが、どうしてどうして。なかなかのものです。期待通りでした.。  残念なのは前方後円墳の墳丘が美しかった二ツ山1号墳(クリック)から友人の車で来たために、北山古墳のある薮塚温泉までの道中の景色が全く頭に入っていないのです。どうやら私にはやはり徒歩が向いているようです。古墳時代の人々が見たであろう景色と同じ景色を観察しながらのんびり目的の古墳まで歩く、これが一番です。もっともそんなことを言っていては数ある古墳を短期間で訪ねることは不可能ですが・・・。  北山古墳に戻りますが、薮塚温泉の裏山といった感じの山の頂きに築かれており、公園風に整備されておりわかりやすいです。墳丘は径22mの円墳です。多くのこの時期の円墳が径10m内外であることからすれば、やはりかなり大型です。墳丘に葺石があったかどうかはわかっておらず、他方、埴輪は確認されていないそうです(現地説明板)。かつては温泉街入口近くの西山古墳(未訪問)と北山古墳の間には数多くの古墳が築かれていたことがわかっており、その中では盟主墳といえるのではないでしょうか。築かれた推定時期は7C後半。ヤマト王権では中大兄皇子の権力が強固になるころのことです(撮影2020年4月16日)。 北山古墳 太田市 所在地 21年10月21日
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