見返してみてその立派さに驚かされた玄室


 豪雨被害で開口部が修復整備された貞丸1号墳(クリック)とは違い、その裏側にある2号墳は墳丘および羨道こそ消滅していますが、玄室は築造当時の様子をよくとどめています。ほとんど持ち送り(上部にいくにしたがい内傾化)のない石室は、かっちりとした造りで堂々としています。長さが5mほどあり、奥壁は一枚の大きな板石、側壁は主に中型石材の2段積みという構成がすっきりとした印象を与えているのかもしれません。1号墳もなかなかのものでしたが、同じ時期に造られたといわれる2号墳のほうが個人的にはお気に入りです。皆さんはどう思われるでしょうか。  
 残念ながら羨道が失われているために、両袖、片袖、無袖などの石室の形式はよくわかりません。玄室の大きさからするとさぞかし立派な石室ではなかったかと想像されるだけに残念です。  興味深いのは古墳のある大日堂の石碑の台座が2号墳の石棺蓋石ではないかと伝えられていることです。それにしてはいささか小さいのではと思うのですが・・・。石室のあとに紹介しています。
 そしてこの動画の最後ではおまけとして、近くの南方神社境内に保存されている組合せ式家形石棺(二本松古墳)を加えておきました。説明板によれば本堂の踏み石、手水鉢として用いられていた石棺石材を回収し、1983年に改めて組み立てたものだそうです。究極のリサイクルですが、古代の一般の人々の死者(特に高位の人)に対する思いというのは、盗掘など頻繁に行われていたということとも考え合わせると、それほど深くはなかったという印象です。アクセスは1号墳をご覧ください(撮影2020年3月10日)。  貞丸古墳群 場所 21年7月11日




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