幅広の右片袖が印象的
 
 兵庫県川西市の浄土真宗本願寺派の勝福寺の境内にあるこの古墳、明治24年(1891年)、壁土用の土取りを裏山で行っていた際に偶然発見されたのだそうです。今でも境内は木立が鬱蒼として、そうした経緯を彷彿とさせます。測量図(勝福寺古墳測量調査報告書、大阪大学大学院、2001)をみると墳長40mのくびれがほとんどない前方後円墳ということがわかります。後円部にある第1石室は長さ約9mの右片袖式ですが、袖の幅が1m近くもあり圧巻です。片袖式といっても、袖幅が短い石室が多く特にこの点が印象に残りました。横穴石室の初期段階に造られたこと(6C前半)もあり、奥壁は大型の一枚の板石ではなく7段にも及ぶ中ぐらいの石を積み上げています。玄室は長方形ですが天井付近をみると側壁はもち送り(内傾)がみられます。
 興味深いのは長さ4mほどの羨道が開口部付近から玄室に向けて階段状に造られている点です。現在では残念ながら土砂が埋まりよくわかりません。こうした羨道に特徴のある石室で思い出したのは岐阜県各務原市の大牧1号墳(クリック)です。当時の工人は限られた範囲で色々な創意工夫を凝らしたことがわかります。第1石室のそばに第2石室があり、前方部にも直葬された木棺2基が確認されています。 
 また画文帯神獣鏡、銀象嵌太刀など豪華な副葬品が出土する一方、後円部に立ち並んだ円筒埴輪が尾張地域にみられるものと同タイプのことから時期を同じくする継体天皇(后の一人が尾張出身)を支援するこの地域の有力豪族の墓ではないかとみられています。アクセスは阪急宝塚線川西能勢駅から日生中央行きバスで勝福寺前下車。PNG 動画撮影位置 勝福寺古墳(川西市)(兵庫)21年4月5日作成
PNG 勝福寺古墳(川西市)(兵庫県)所在地