美形の後期前方後円墳ですが・・・ 
 5C末以降の古墳時代後期に造られた前方後円墳。房総半島の千葉県、旧国でいえば上総、下総には数多く見ることができますが、東京湾を挟んだ神奈川県つまり相模には、中期までは別にしてめぼしいものがありません。前方後円墳の築造がヤマト王権とのつながりの象徴であるとするならば、上総、下総に比べ相模は王権にとり重要ではなかったということになるのでしょうか。そうした中で墳長45mの前方後円墳、二子塚古墳は唯一の例外です。全国古墳編年集成(石野博信編、雄山閣、1995年)をみても、ポツリと二子塚古墳だけ目立ちます。丹沢山系に囲まれた金目川沿いの台地の端に築かれ、その美しい姿を今でも見ることができます。 これまで2回、発掘調査が行われ、後円部の横穴石室(埋め戻し)からは銀装圭頭大刀、耳環、玉、須恵器など豊富な副葬品が出土しているとのこと。とりわけ太刀は完全な形で残されていたという点で貴重だそうです。築造時期は6C後半と考えられており、北西方向5㎞ほどのところには、円墳が立ち並ぶ桜土手古墳群(クリックすれば飛べます)が同じころに築かれています。残念ながら子供たちの遊び場になってはいけないということなのでしょうか鉄柵に囲まれており、より深く観察できないのです。しかも木立の緑が視界を遮り、前方部が十分にはみれません。もどかしさを感じつつ古墳を後にしました(撮影2019年1月25日)。PNG二子塚塚我田の市場所
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