標高212に築かれた迫力十分の巨大円墳


 京奈和道沿いの方墳、五條猫塚古墳の東500mほどのところに今回の近内鑵子(カンス)塚古墳はあります。猫塚古墳塚山古墳つじの山古墳(古墳名をクリックすると飛べます)とともに近内古墳群を構成していますが、築造時期は最も早く5C前半。しかも他の古墳が方墳に対してこちらは大型の円墳です。径85mは、奈良県ではつい最近確認された奈良市の径115mの富雄丸山古墳を二回りほど下回りますが、それでも相当な規模です。この頃には他に大和高田市のコンピラ山古墳が径95mと大型円墳の建造が続きます。その後に百舌鳥・古市古墳群の巨大前方後円墳が次々に築かれますが、その直前に円墳、しかも大型というのはどのような意味を持つのでしょうか。前方後円墳が連合政権であるヤマト王権の象徴であるとするならば、その内部対立で前方後円墳築造を認められなかった勢力の墓がこの巨大円墳なのか妄想は広がります。

アクセスは猫塚古墳から一度、京奈和道を北方向に登り高架下を東側に抜け、道なりに南下せねばなりません。高架下を歩くと左右の谷沿いには農家と農地が縫うようにして広がり、果たしてここに巨大円墳があるのだろうかと思ったほどでした。途中で農作業中の男性にお聞きするとまっすぐ進めば看板があるよと教えてくれました。それが動画の冒頭です。標高212mの地山を利用してはいますが、高さは10m以上あります。周囲に張り巡らされた幅6mの周濠が盛土に使われたのではないかと思われます。

 説明板があるのは1段目と2段目のテラス(平坦部分)ですが、後世の改変があるのかもしれません。結構な幅です。今では動画からおわかりのように半周ほどは現代の墓地として利用されています。その途中から墳頂を目指しましたが、落葉と葺石がところどころに残る急こう配の斜面には苦労しました。着いてみると待ち受けていたのは巨大盗掘坑。盗掘されていない古墳はほとんどないと言われるほど墓荒らしはつい最近まで日本でも当たり前だったようです。アップしている静岡県掛川市の各和金塚古墳(クリックすれば飛べます)はなんと1974年(昭和49年)に盗掘されています。テラスや頂上には円筒埴輪がまわり家形、武具等の形象埴輪も立てられていたようです。しかし、径18mの頂上を一回りして下をのぞくと、これは大変。緊張の下山(?)でした(撮影20181219日)。


PNG 動画撮影位置 近内カンス塚古墳(五條市)修正
近内カンス塚古墳と五條猫塚古墳の位置