巨石墳ではないが整美な印象の石室


 古墳踏査をはじめていなければおそらく訪れることのなかった香川県観音寺市。現在人口約6万人と香川県にある8つの市の中4番目だそうですが讃岐の古墳時代の遺跡には中央との関係が密だったことを示す巨石墳が複数築かれています。石室長が14mもある椀貸塚古墳(石室見学不可)を筆頭に平塚古墳(クリック)、角塚古墳(クリック)と巨石墳からなる大野原古墳群で6C終わりから7C前半にかけて築かれています。
 今回の母神鑵子塚(はがみかんすづか)古墳は大野原古墳群のすぐ近くの母神山に築かれ、盟主墳の鑵子塚古墳はじめ70基ほどからなる群集墳です。大野原古墳群よりは規模は小さかったようで石室長も9.82mに留まりますが、入室してみると天井も高くなかなか見応えがありました。幅10mの周濠がめぐる径30mの円墳の墳丘は高さ6.5m、こちらも遠くからみるとなかなかの存在感です。石室開口部はコンクリートで補強され残念な状況です。和歌山県の国の特別史跡 岩橋千塚古墳群の数基も同じようにコンクリートで要塞化していましたが、昭和時代の古墳の保存整備はこうした方式がスタンダードだったのでしょう。今ではもう少し気の利いた保存整備が行われているはずです。 
 肝心の石室ですが羨道の天井は抜かれ(静止画像でコンクリートのところ)、いきなり複室構造とされる前室です。長さはデータがないのではっきりしませんが5mほど。幅は2.55m、高さは3.2mと高いですね。巨石は使われていませんが中型の砂岩を平滑して美しく積み上げています。かなり天井に近づくにつれ内傾、つまり持ち送られています。奥壁から前室方向をみると両袖式とはいえ、かなり右のほうが大きくなっています。個人的に天井が高い石室が好きなのでとても印象に残りました。補足ですが瀬戸内海を挟んだ四国と中国地方の地図を載せてみました。改めてみ直してみると古墳時代のこの地域は古墳街道といった状況です。海運、水運を担った有力者が眠っているに違いありません。今回は時間の関係でタクシーで古墳のある運動公園を目指しました(撮影2020年2月4日)。無題
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