小口積みの平石が美しい初期の横穴石室


   今回の横田下古墳、所有者の方が畑地を開墾している際に現在見学用開口部になっている羨道西側側壁を掘り当ててその存在がわかったそうです。約100年前の大正13年のことです。石室の残りの良さに期待が高まります(そういえば本ブログでも紹介している中国の兵馬俑(クリックすれば飛べます)も農家の方が偶然見つけています。) 長さ1.1mの羨道西壁に開けられた狭い開口部に体をよじらせて入室して、その精緻さに驚かされました。小口積みした平石が天井に向かって内傾し、床を見ると奥壁下に蓋つきの石棺、その手前と左に石材で区切られた仕切り(石棺と呼んでいる)が設けられています。 全体の造りがどこかで見た石室と似ています。そうです。福岡市の丸隈山古墳の石室です(クリックすれば飛べます)。平石の積み方や箱形石棺の型式も同じようにみえます。唐津市のHPには「朝鮮半島にその源流をもち、福岡市丸隈山古墳(まるくまやまこふん)などとともに九州における横穴式石室の初現期様相を示すものとして極めて重要です」と書かれています。造られたのは5C前半から中頃と考えられており、案内してくださった方は竪穴石室から本格的な横穴石室に切り替わる時期で竪穴石室の様相が見て取れると言われていました。たしかに見学可能な香川県の高松茶臼山古墳(クリックすれば飛べます)の竪穴石室の壁の造られ方にそっくりです。 話しを戻します。石室は横田下が長さ3.95m、幅2.25m、高さ2.34m、丸隈山は長さ4mと幅2.4m、高さ2mと同規模で朱が残っているところも同じです。ただ墳丘は丸隈山古墳が墳長85mの前方後円墳に対して横田下古墳は径30mの円墳です。計8体の遺体が埋葬され、銅鏡、玉類、短甲、土師器類が出土しています(詳細は特記事項参照)。この貴重な石室も事前に唐津市教育員会に事前に申し入れをすれば可能です(撮影2019年12月17日)。にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
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