ユニークな後円部を遠望できる石室完存の前方後円墳


 長崎本線の中原駅から1㎞ほど北上し県道34号線を西に同じく1㎞ほど歩くと高柳寺という寺があり、そこを北に500m歩けば正面に墳丘が見えるはずと事前の調べではわかっていたものの、実際に歩くと朝のラッシュでしょうか。ひっきりなしに工事現場に急ぐダンプカーが行きかい歩く人など皆無。こういう時は正直心細いです。ようやく車列が途切れたところで高柳寺の反対側にわたり、やや上り坂の道を緑に囲まれながら古墳を目指します。動画1の冒頭がその様子です。なにも古墳を遮るものがなく、周りは全て水田。後期、それも終末期に近い段階の前方後円墳だからでしょうか。後円部がお椀を伏せたような形になっています。ここでハプニング。西に古墳を見ながら墳丘に近づいたのですが、下をみたらかなりの幅の用水路。いやあびっくりしました。落ちたら登るのは不可能。諦めて墳丘の背中側から古墳へ。あとでわかったのですがこの迂回ルートが正式の古墳への道でした。途中に標識もありました。ただ、最初に私がとったルートでないと動画1の冒頭のような印象的な後円部と石室の開口部をみることはできません。
 古墳公園として整備された墳丘に近づき、前方部に登るとあのお椀を伏せたような後円部の斜面は予想以上に急でカメラを片手に墳頂へというわけにはいきませんでした。そして南に向いて開口する石室ですが長さは10.2mよりはるかに大きく感じます。羨道、前室、玄室(後室)からなる複室構造ですが、それぞれ特徴があります。羨道の側壁は小ぶりの石を積み上げ、前室では大型の石室を下部に上部には中型の石を、そして玄室では奥壁、側壁、ともに巨石がつかわれています。美しく並んだ敷石との対比が印象的です。現地説明板によれば盗掘のため石室には何も残っておらず幅12mほどの周濠から須恵器の甕、高坏、壺、土師器の高坏が出土しているそうです。なおみやき町とは変わった名称ですね。由来はみやき町が独立する前に所属していた三養基(みやき)郡からとったそうで、三基郡は、合併する前の三根郡(みねぐん)」「養父郡(やぶぐん)」「基肄郡(きいぐん)」の頭文字を並べたそうです(撮影2019年12月19日)。PNG 動画撮影位置 高柳大塚(佐賀)
高柳大塚古墳基本情報
所在地 佐賀県みやき町
形状 前方後円墳
規模 墳長30m 後円部径20.6m 高さ6m、前方部幅11.6m 高さ3m(?)
周濠あり、葺石あり 2段築成
石室 羨道、前室、玄室(後室)からなる複室構造。
石室長10.6m、羨道長さ3・6m 幅1.8m、前室長さ2.9m 幅2.64m
玄室部長約3.7m・幅約3.8m・高さ約2.5m
築造時期 6C末
出土品 須恵器(甕、高坏等)、土師器(高坏)周濠から
史跡指定 県指定
特記事項 なし
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