残る玄室から想像できる重厚な石室 


 この古墳を訪れたのは20179月のことでした。まだ石室の知識も十分とはいえず、玄室だけしか残っていない姿をみて、正直感動は覚えませんでした。ただ、奥壁はじめ朱とおもわれる赤い色がよく残っていたことは覚えています。そんなこともありアップしそびれてしまったというのが正直なところです。それから3年、動画を見返してみて印象が大きく変わりました。多くの石室を見てきたからでしょうか。平滑された巨石を用いた玄室は長さが4m、幅2.4m、高さは3.1mもありますし、それに袖石の立派なことにびっくりしました。おそらく羨道は8mは下らないでしょうから、結構な規模の石室だったと思われます。それは銅鏡、金銅張りの杏葉等の馬具、耳環、須恵器など出土していることからもわかります。福山市の文化財担当の方によれば1946年に県立府中高校の考古学研究会が発掘調査し、出土品は県立博物館や市立歴史民俗資料館に保管されているとのこと。是非見たいものです。気になっていた壁の朱についても赤色顔料によるものと書かれているそうで、ひょっとして雨水による花崗岩の変色ではないかとの疑問は消えました。また、二塚古墳の由来ですが、もともと南北に並んで古墳があったことによるものだそうです。現在では北古墳の玄室だけが残っているというわけです。残念ながら墳丘の形態、規模はまったくわかっていませんが築造時期は6C末から7C初め、古墳時代後期の最後のほうと考えられています。福山市では二子塚古墳大坊古墳、山の神古墳を紹介しています。併せてご覧ください(撮影2017年9月25日午後2時46分)。
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