見応えのある墳丘と穹窿式(ドーム型)石室


 今回の日拝塚(ひはいづか)古墳のある現在の春日市は福岡県の北部に位置し、弥生時代の遺跡も数多く残されている古代日本の主要地域です。魏志倭人伝に登場する奴国(なこく)にあたり、その指導者の奥津城(墓域)ではないかといわれ大量の前漢鏡等が出土した須久岡本遺跡(紀元前4Cから紀元3C前半、弥生時代中期から後期)も日拝塚古墳のすぐ近くにあります。同じ奴国の領域であった福岡市内の比恵遺跡からは古墳時代前期はじめ、3C後半と考えられる古代道路の一部や、硯(すずり)の一部が近年相次いで発掘されています。

 その後、政権の中心が畿内に移動したこととも関係があるのでしょうか、古墳時代前期、中期を通じて那珂川流域には、さほどほとんどめぼしい古墳は築かれていません。前期では、三角縁神獣鏡出土の那珂八幡古墳(クリックすれば飛べます)、中期では初期の横口式石室で知られる老司古墳(見学不可)、そして後期に至り、今回の日拝塚古墳、そして東光寺剣塚古墳(クリックすれば飛べます)が知られています。

 日拝塚古墳。古墳には変わった名称が多いのですが、今回はわかりやすく、太陽を拝むと

いう意味です。マップに記したようにお彼岸の時期に後円部の東にある大根地山(おおねちやま)から昇る太陽を拝めるのだそうです。主軸が東西を向いていますから、被葬者の関係者は、そのこと(太陽を拝む)を意図して築いたのでしょうか。気になるところです。墳丘は削られているものの段築が明瞭ですし、訪れたのが桜の季節ということもあり見栄えがよかったです。古墳は何度も書きましたように訪れる季節によって全く印象が違います。

 肝心の石室ですが、事前に教育委員会で鍵を開けて頂き見学。これはもうご覧のとおりの立派な穹窿式でただただ感心。天井中央に壁が集まっている様子がよくわかります。佐賀県の田古里古墳(クリックすれば飛べます)、道越古墳(クリックすれば飛べます)と同じタイプです。それと羨道方向をみるとわかりますが、袖石の迫力。なんとも存在感があります。残念だったのはキャプションに書いた、奥壁の赤色部分です。朱が残っているのかと思ったのですが、文化財課の方のお話では赤カビだそうです。そういえば石室は湿気の宝庫でした。また豊富な副葬品の出土品には金製垂飾付耳飾り、金環等装身具、環頭柄頭をもつ太刀等武具、輪鎧、須恵器などが含まれているそうです。アクセスはわかりやすく九州新幹線の博多南駅から徒歩10分です(駅に案内があったと記憶しています)。蛇足ですが新幹線の料金としては破格の安さで8分乗車で300円です。通勤用に使われているからでしょうか(撮影2018328日)。
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