周濠に浮かぶ巨大な墳丘



今回の島の山古墳、開発が進む奈良で遠くからその存在を確認できる珍しい例です。近鉄田原本線の箸尾駅で降りて北方向に歩き奈良県第二浄化センター(フェンスに囲まれた広大な敷地なのですぐにわかります)辺りまで来ると北東方向2㎞ほどのところにこんもりした森が広がる墳丘をみつけました(動画1冒頭、キャプションは古墳から見ての記述で南西方向になっています)。さすが墳長200mの巨大古墳です。

 島の山古墳は最近紹介した乙女山古墳(クリックすれば飛べます)と同じ馬見古墳群に属しますが、島の山古墳のほうが川合大塚山古墳(クリックすれば飛べます)と同様、はるか北に位置します(乙女山古墳は中央群、川合大塚山、島の山古墳は北群)。島の山古墳と川合大塚山は地図でおわかりのように2㎞ほどの距離にあり、築造時期は島の山古墳が4C末頃、川合大塚山古墳が5C央と考えられています。しかも墳形の規格が同じと聞けば、両者が密接な関係にあったと考えないほうが不思議です。両者は被葬者はこの地を掌握していた豪族だとして、この地、地図をみると大和川、曽我川、飛鳥川といくつもの河川が合流しています。彼らは古墳時代の主要交通手段であった水運を掌握していた人物に違いありません。

 肝心の幅広の周濠がめぐる墳丘ですが、くびれがあまりはっきりしない寸胴という表現が一番適当ですが、動画2の冒頭で後円部の巨大さを感じて頂ければと思います。墳長200m以上の前方後円墳は全国で35基ですから、島の山古墳はその内の一基ということになります(墳長175mとする資料もあり)。陵墓指定ではないためか発掘調査も継続的に行われ、葺石と朝顔、円筒等の埴輪が確認され、前方部にある埋葬施設(後円部とは別)からは鏡や石製品が多数出土しています。後円部の埋葬施設は既に盗掘され竪穴石室の天井石の一部と思われる石が隣接する比売久波(ひめくわ)神社に残されています(動画2)川西町では墳丘の竹林を伐採、三段ある段築の最下段を復元、墳丘にもあがれる整備計画を策定し実施に向けて進めています(202038日現在)(撮影2019114日)。(撮影2019114日)。
PNG shimanoyamakofunn ootsukayamakofun,shiroyamakofun kankeizu
PNG shimanoyama douga satsueiichi

島の山古墳基本情報

所在地 奈良県川西町

形状 前方後円墳

規模 墳長200m、後円部径114m 高さ17m、前方部幅103m 高さ11

葺石あり、周濠あり

築造時期 4C

出土品 円筒、朝顔、家形、盾型、靫形等埴輪、銅鏡、玉、車輪石等石製品

史跡指定 国

特記事項 本文に記載のとおり川西町は古墳を整備し公開することにしている



にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村