後円部背後からの墳丘が格別に美しい大型前方後円墳 


 大堤権現塚古墳とはずいぶんと大業な名称ですね。調べてみると権現は日本の神々を仏教の仏や菩薩が仮の姿で現れたものとする本地垂迹思想による神号(神の名)だそうです。つまり大堤にある大権現を祀る箱根神社の境内にある古墳ということになります。

JR総武線の松尾駅の北西1.5㎞ほどのところにありますが、国道126号線側から箱根神社を目指すより、敢えて県立松尾高校校庭の裏道をとおるルートをお勧めします。それは動画を見てのお楽しみということになりますが、日常的で現代そのものの光景の先200mほどのところに非日常的な空間が広がり、周濠に囲まれた墳長115mの前方後円墳の後円部がいきなり目に飛び込むのです。あっと声を発してしまったのを覚えています。残念ながら動画には入っていない日常的で現代そのもの光景とは、松尾高校のグランド裏の道の反対側に並ぶ数百台のドイツ車BMWです。調べてみるとBMWの新車整備工場でした。グーグルマップでもその様子がよくわかります。そのわずか先に1400年前以上に築かれた大権現古墳が眠っているのです。

 東国では畿内の前方後円墳の造営が終わったあとの6C後半以降も造られ続けていましたが、その中でも最後、古墳時代終末期の築造といわれているのが今回の大堤大権現古墳です。東国の古墳には盛んに飾られた埴輪は見られず、他方100mを超える墳丘の外側には三重の濠がめぐらされているという特色がみられます。動画の墳丘は一番内側の濠や周堤から撮られています。杉木立が現在の大権現古墳の美しい姿に一役買っていることは間違いないのですが、後円部からくびれを挟み前方部にかけての墳丘を見るには些か障害となっています。もっとも中期以降の前方後円墳にみられる前方部幅が大きく後円部径を上回るという様相は呈していません。後円部から前方部に歩くと横幅がほぼ同じに見える寸胴の墳丘が続きます。前方部の削られた先端部には箱根神社の本殿が造られています。

 残念ながら調査後に埋め戻されてしまいましたが、後円部南東側には副室構造をもつ長さ9mの横穴石室があり、その跡は動画3で確認できます。豊富な副葬品が出土し頭椎大刀や耳環等金銅製品、鉄鏃、勾玉、ガラス玉が確認されています。松尾高校から古墳への道ですが正門前右手のうねうねした坂道を登ると視界が開け左折し直進すると古墳後円部です(撮影20181023日)。
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大堤権現塚古墳基本情報

所在地 千葉県山武市大堤

形状 前方後円墳

規模 墳長115m、後円部径58m 高さ12m、前方部幅53m 高さ10m、葺石なし、段築なし 埴輪なし 三重の周濠がめぐる

築造時期 7C

出土品 頭椎大刀、耳環等金銅製品、鉄鏃、勾玉、ガラス玉

史跡指定 県指定

特記事項 終末期の大型前方後円墳


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