お社に守られよく残った墳丘


 今回の北条塚古墳、201999日に千葉県に大きな被害をもたらした台風15号が襲った多古町にあります。半年前にのどかな田園風景の広がる多古町の柏熊古墳群から北条塚古墳のある松崎神社まで1時間ほどかけて歩いたばかりでしたので、道を聞いたあの人たちに被害はなかったのだろうかと心配になりながらの紹介です。50mを超える暴風が荒れ狂ったそうですから、墳丘上の杉林もかなり倒れているに違いありません。

前期古墳の柏熊古墳群(しゃくし塚古墳)(クリックすれば飛べます)とは違い、墳長70mの北条塚古墳は同じ前方後円墳でも後期、6C後半に造られたと考えられています。たしかに後円部径が37mに対して前方部幅が45mと前方部が発達しており(広がっている)後期だろうなということはわかります。6C後半といえば墳長318m、前方後円墳としては最後の大王墓といわれる五条野丸山(見瀬丸山)古墳(クリックすれば飛べます)が奈良県橿原市に築かれたころです。この後、前方後円墳の築造は畿内を中心に全国的に急速に衰退しますが、東国は例外でこの後も盛んに前方後円墳が造られることになります。松崎神社のお社に守られてきたせいでしょうか北条塚墳丘の残りはよくホッとしました。というのも墳丘が確認できると聞いていたしゃくし塚古墳は、時期が悪かったせいか藪に覆われ微妙な状況だったからです。ただ、動画1の松崎神社のシーンのあとのところでわかるように右手の後円部と左手の前方部の間が南北間を移動する通路となり切断されているところが少々残念です(撮影2019318日)。
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北条塚古墳基本データ

所在地 千葉県多古町

形状 前方後円墳

規模 墳長70m、後円部径37m 高さ6.5m、前方部幅45m 高さ5.5m

築造時期 6C

出土品 埴輪片

史跡指定 県指定

特記事項 なし


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