石室全体が残る貴重な古墳
  切石の美しい地蔵寺古墳をあとに住職の奥様に教えて頂いたルートで平荘湖畔に出てみました。神戸製鋼など播磨一帯の工業用水用に1066年に完成した人造湖ですが、石切り場が時折姿を見せる景色と実にマッチしています。3㎞ほどの距離を家形石棺の蓋が置かれているところなどをとおりながら歩くと目指す升田山15号墳の標識が湖畔に見えます(動画1の湖沿いのシーンは帰路のものです)。
  と書くと簡単なようですがgoogle map を頼りに探したものの結局わからず、自転車を引いていたシニアを追いかけて聞く羽目に。小さいころからよくこの辺りは歩いているので知っているよとのこと。すぐそこでした。動画1の標柱を見落としていたのです。小道を曲がり下った途中に藪に覆われた石室が開口していました。そのシニアさんに一緒にどうですかというと、いやいやと首を振られてしまいました。
 石室というと墓というイメージが強く、軽々に出入りするものではないという考えの方も多いようです。他方、古墳時代の人工構造物として、その形式や積み方の技術、使われている石材などに興味を持つ人もいます。私は後者です。話は脱線しましたが、意外といったら失礼でしょうか。長さ13mもある石室の規模に羨道の残りのよさに驚かされました。何度も触れていますが。羨道は欠損していたり、半壊状態だったりと完存ないし完存に近い状態というのはそれほど多くはないのです。地蔵寺古墳(クリックすれば飛べます)よりも石工の技術は表面の仕上げな洗練されてはいませんし、天井も高いとはいえず空間を感じるというほどでもありません。とはいえ全体が残っているというのは大変なメリットです(動画3のキャプションで側壁は3段としましたが4段のようです)。なお墳形は円墳、径は35mだそうです(撮影2018年3月12日)。PNG masudayama 15gou fun ichi 修正版

升田山15号墳基本情報

所在地 兵庫県加古川市

形状 円墳

規模 径35m 高さ不明

築造時期 6C

出土品 高坏、壺、器台等須恵器、馬具、玉

史跡指定 市指定

特記事項 1960年代の平荘湖建設にあたり調査が行われた結果、約100基からなる群集墳の1基であることがわかった。その多くが湖底に沈んだ。


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