移築復元されたとはいえ見応えのある竪穴石室



 追手門学院大学の正門の左手のフェンス沿いに進むと右手は緑濃い森が続き、すぐに鳥居が見えてきました。目指す古墳はこの大織冠神社にあるはずです。急な階段を登りきると見えたのは将軍塚古墳の横穴石室でした。事前にわかっていたとはいえ閉ざされた石室は暗すぎてヘッドランプを使っても様子はうかがえません。玄室の長さは5.7mと結構な規模です。神社が古墳石室を所有していることは珍しくありませんが完全に閉じて人を寄せ付けないというのはなかなかお目にかかりません。文化財ということを理解しているのでしょうか、率直に言って疑問です。それはともかく将軍塚古墳は6C後半と将軍山古墳群の中では最も遅くに造られたといわれています。ややこしいのは今回紹介する将軍山古墳を含め佐保川沿いのこの地には7基の古墳が造られ将軍山古墳群と呼ばれていることです。ところが石室が見れなかった古墳は将軍塚古墳なのです。なんともわかりにくいですね。将軍塚古墳以外は墳丘は宅地開発のために消滅し、4C後半、最初に築かれた墳長107mの前方後円墳の竪穴石室が将軍塚古墳の右横に移築復元されています。 移築復元の価値ありと判断されただけあって結晶片岩を積み上げた石室は規模も大きく、見応えのある精緻な造りです。床面はU字型になっています。
 竪穴石室は築造当時のままに観察することは竪穴という構造から難しく、香川県の高松茶臼山古墳(いずれもクリックすれば飛べます)、愛媛県の妙見山古墳、岡山県の長福寺裏山古墳群の仙人塚古墳と数えるほどです。今回は移築に際して見学用の通路を作り竪穴の石の積み方がわかるようにしてあります。周辺には真龍寺古墳青松塚古墳(いずれもクリックすれば飛べます)など後期の古墳がいくつか残されています。アクセスは阪急茨木駅から追手門学院大学行の近鉄バスで終点下車(撮影2018年4月4日)。PNG shougunyama kofun sekishitu ichi zu
にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村