半端ではない巨石で築かれた複室構造の石室


  みやこ町の古墳では既に九州最大の方墳甲塚古墳を紹介していますが(クリックすれば飛べます)、今回の橘塚古墳も同じ墳形の方墳です。といっても甲塚は東西46.5m×南北36.4mの長方形でしたが、こちらは東西39m×南北37mと正方形に近い墳丘です。加えて幅6.5mから10m弱の周濠が巡っていたそうです。甲塚古墳を含め周防灘に臨むこの地域には二基に加え綾塚古墳等大型横穴石室のある古墳がいくつもあります。とりわけ方墳の甲塚古墳、橘塚古墳は6C後半から末に造られたと考えられ、中央ではその頃蘇我氏がヤマト王権にあって権勢を振っていました。蘇我氏の古墳は、稲目の墓が都塚古墳、だいぶ時期はくだりますが馬子の墓といわれる石舞台古墳など方墳が多いことを考えると当時のヤマト王権とは密接な関係にあったのではないかと考えてもみたくなります。蘇我氏はともかくこの大型方墳に大型の石室は中央政権とかかわりのある有力地方豪族が葬られていたと想像されます。地図からわかるようにみやこ町が面する周防灘の先には瀬戸内海が広がりヤマトへの航路にも近かったことからもわかります。

 それはともかく複室構造の石室は甲塚古墳と同様、表面加工巨石を用いて築かれており、

ただただ感心するばかりでした。その一端が動画からうかがえれば嬉しいのですが・・・。石室の長さは甲塚の14.5mに対して橘塚古墳は現在値でも16.3mもあり、さらに調査の結果、石の抜き取り跡が確認されたため元は17.5mにも達するとみられています。残っていたとされる前室の敷石が十分に観察できなかったのが残念でした。アクセスはJR九州日豊本線で行橋駅下車 タクシーでみやこ町歴史民俗博物館まで行き、学芸員の方に案内して頂いた(歴史民俗博物館のHPに入ると「現地研修のお申込み」という書式があります(撮影2018328日)。
PNG miyakomachi kochira fukanzu
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