精美という言葉しか思い浮かばない石室 

 大阪市の東側、越えれば奈良県という標高60mから180mほどの山麓に古墳時代後期を中心に多数の群集墳が築かれています。言い換えれば河内湖(現在の大阪市)を望む山肌に築かれたということになるでしょうか。その内、郡川北・南群、大窪・山畑、服部川から成るのが高森古墳群です。今回の服部川7号墳のある服部川支群は高森古墳群全体で現存する237基(元は565基)を数える古墳の内170基を数え、しかも大型横穴石室を有する古墳が数多くあるという中心的支群だそうです。
 これまで高安古墳群の中から開山塚(郡川古墳群)、二室塚(服部川古墳群)、俊徳丸古墳(大窪・山畑古墳群)と抜塚(大窪・山畑古墳群)、加えて高安古墳群近くの古墳としてよく紹介される府内最大の横穴石室をもつ愛宕塚古墳、中期の大型前方後円墳、心合寺山古墳と紹介してきましたが、改めて一度に見返してみると圧巻でした(古墳名をクリックすると飛べます)。総じて石室の石が巨大で石組も精緻なのです。素人目にもよくわかります。2015年に国指定の史跡に認められた(半数の105基が対象)と聞き大いに納得しました。一つ一つアップしているときには気が付かなかったのですが、他地域の後期、終末期の石室とくらべるとスケール感が違いますし、それらが近接して築かれているという点が重要です。。とはいえ残存する古墳のうち石室まで見学可能なものは残念ながらほんのひとにぎりです。例えば玄室が二部屋つながる特異な形式の古墳は二室塚古墳だけではありません。郡川支群に交互二室塚古墳と呼ばれる古墳がありますが民間の所有で近づくことはできません。

 今回の服部川7号墳ですが史跡高安古墳群保存活用計画(八尾市、20177月)では墳丘にほとんど削平崩落が見られず石室も石組に崩落や弱い部分が見られず非常に良好な保存状態と記されています。墳丘、石室ともに「非常に良好」の評価は数少ないです。玄室の幅が広くヘッドランプの光が十分いきわたっていませんが羨道が良好に残っているために外からの光がほとんど入らないためかもしれません。石は周辺から採取された花崗岩のようで、現在でも所々で大きな石材をみることができます(動画1の冒頭)高安古墳群の石室は大半が片袖式ですがその中では最大の11.5mの長さを誇っています(撮影2017222日)。

 

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