これはいったい何なのだろう?

 山陽新幹線西明石駅を過ぎてほどなくして右手に垂直にそそり立つ採石場がいくつも見えます。今回の不思議な石造物、石の宝殿はその地域にあります。生石(おうしこ)神社の御神体としてまつられている推定重量500トンの竜山石の巨石は横6.4m、縦4.7m、高さ5.5mもあります。これまで何度が古墳の石棺などの石材が竜山石といわれていることを紹介してきました。加工しやすい凝灰岩の竜山石。巨大な石造物は何の目的で造られたのでしょうか。

 生石(おうしこ)神社は動画1前半にあるように急な階段の先にあり、目指す石造物は社殿真裏に鎮座しています。社殿があるために正面から全体像を捉えることはなかなか難しく苦労しました。石の下部をみると池状の水たまりがありそこに巨石が浮かんでいるようにみえるところから浮石とも呼ばれているようです。もちろん、この巨大構築物は岩盤から切り離されてはおらず作業が途中で終わっているようにみえます。そのことは動画1の後半に出てくる周囲の岩肌の削られた跡をみるとわかるような気がします。ぐるりと周囲をまわると三角状の突起物がありこれも謎を深めています。

 歴史的には以前から知られており古くは播磨風土記(715年頃に完成)に聖徳太子の時代に造られたとの記述があるようです。それが正しければ作業は7Cのはじめ頃に行われていたということになります。それは動画2の最後で紹介している、石の宝殿の工人のものではないかといわれている竜山1号墳が造られた時期とも合います。また幕末の日本研究で有名な蘭学者シーボルトも訪れているようです。

 それにしても繰り返しになりますが巨大石造物は何の目的で造られたのでしょうか。石棺の未完成品、占星台、横口式石槨などの説がありますが専門家の間でも結論は出ていないようです。寝屋川市の石宝殿古墳(こちらは「の」が入らない)の大きな横口式石槨を既に紹介していますが(クリックすれば飛べます)、個人的には全く違う印象です。さて石造物の直下は古墳時代当時加古川の河口だったようで、それを前提に考えると謎の石造物は切り出されたあと水運によって遠隔地に運ばれる予定ではなかったといわれています。あまりに大きすぎて運べないことがわかり削り出しの作業が中断したのでしょうか。こうした目的が判然とせず未完成のままに放置されている巨石は奈良の橿原市にもあり岩船と呼ばれています(いずれ紹介します)。地図上の運動公園のところが石の宝殿のある生石神社です。アクセスはJR山陽本線宝殿駅から徒歩20分(撮影201864日)。

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