陽光に映える大型の前方後円墳

 朝陽を浴びた墳長123mの前方後円墳は荘厳そして美しいの一言でした。こういう機会は滅多にありません。まだ夜が明ける前に名古屋を発ち名鉄小牧線楽田駅から30分ほど歩いた甲斐がありました。主軸をほぼ南北にとる墳丘には前期古墳でもかなり早い時期に築かれたことがわかる壺形埴輪が段築にまわっています。どこかで見たことがあると思ったら4C初頭に築かれた愛媛県今治市の妙見山古墳(クリックすれば飛べます)でも壺形埴輪が置かれていました。青塚古墳に戻ります。後円部は三段、前方部は二段の段築です。自然保存された古墳も整備されていれば趣がありますが、この青塚古墳のように控えめに当時の姿を復元した墳丘は現代の人々に古墳時代を理解してもらうにはなかなかによいアイディアだと思いました。というのも本来は一面川原石が葺かれていたようで現在の背丈の小さな熊笹に覆われた墳丘とは違っていたからです。この長大な墳丘が全部石の塊であったなら少々グロテスクだったかもしれません。群馬県の保渡田古墳群の二子山古墳の墳丘も小熊笹に彩られており、かぜにそよぐその姿が印象的です(クリックすれば飛べます)。

 青塚古墳、墳丘は後円部の高さが12mと前方部のそれよりも7mも高く前期古墳の特徴を示しています。この比高差が前方後円墳の美しさを一層際立たせていると思いました。加えてこの古墳が他の古墳と比べて珍しいのは前方部に祭祀用の方形壇があることです。ここには壺形埴輪ではなく時期的には後になる円筒埴輪が周っていたそうです。それだけ重要な施設だったということでしょうか。大阪府心合寺山(しおんじやま)古墳にも同様の方形壇がみられます(クリックすれば飛べます)。

それにしても標高50mほどの洪積台地(犬山扇状地と呼ばれるらしい)にぽつりと残された大型の前方後円墳。相前後してこの地域に古墳は築かれなかったのでしょうか。どうやら10数基の古墳がかつては存在していたようなのですが全て消滅。全国古墳編年集成(石野博信編 雄山閣出版、1995年)をみても広域でみれば3C後半に三角縁神獣鏡が多数発掘された前方後方墳の東之宮古墳(クリックすれば飛べます、現在復元整備事業実施中)がありますが、大型のものは4C末の墳長120mの各務原市にある前方後円墳坊の塚古墳までめぼしい古墳はありません。書籍化された調査報告書が入手できなかったために埋葬施設を含めこれ以上の情報はいまのところは残念ですがありません。なお楽田の駅から歩いて左手に見えた墳丘に嬉しさのあまり駆け上ってしまいましたが、後で見ると入ってはいけなかったようです。ご容赦を。なお開館時間前だったので寄れませんでしたがガイダンス施設が古墳公園内にあります。アクセスは冒頭に書いたとおり名鉄小牧線楽田駅から県道176号線を直進すれば左手に見えます。わかりやすく迷うことはありませんが早朝というのに交通量はかなりありました(撮影2017315日)。


 

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青塚古墳基本データ

所在地 愛知県犬山市

形状 前方後円墳 後円部3段、前方部2段 葺石あり 周濠あり

規模 墳長123m、後円部径78m 高さ12m、前方部幅62m 高さ7m

築造時期 4C中頃

出土品 壺形埴輪、円筒埴輪、鏃形の石製品 

史跡指定 国指定

特記事項 愛知県では名古屋市の断夫山古墳につぎ第二位の規模の前方後円墳


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