羨道の天井石もよく残る高安古墳群の名石室

 なるほどと思いました。大森貝塚を発見したモースや日本考古学会の産みの親ともいわれるガウランドがこの石室を見て海外に紹介したというのです。二室塚古墳(クリックすれば飛べます)もそうでしたが、古墳時代に学術的な関心のある人々含め貴重な遺産なのでしょう。数だけは結構見て回ってきた私にも非常に印象深い石室でした。何より他の石室の多くは玄室はよく保存されていても羨道が欠損していたり、残っていても天井の板石が抜き取られたりと築造当時の姿を伝えているものは案外少ないです。ところが開山塚古墳は8mを越える羨道が動画1でおわかりのようにきちんと残されています。そして幅1.5mほどの羨道の先にはぐんと幅の広がる(3.37m)(つまり両袖式)玄室が控えています。奥行は4.67ですから10畳ほどもあります。堆積している3-40㎝の土砂を除くと天井高は4.2mと(現状は3.8mほそ)推定されるというのですから驚きです(開山塚古墳調査報告書 2010年)。ヘッドランプの光が届かないぐらいの暗闇です。

 さて開山塚古墳、径30mほどと小さな円墳(石室以外はほとんど削平されているので復元推定)で河内平野を望む高安山の中腹、標高130mほどのところに位置します。見事としか言いようのない眺望は古墳の被葬者が見たであろう景色と同じなのでしょうか(当時は現在の平野は河内湖)。法蔵寺境内の奥まったところにあるのでご住職のお宅で場所をうかがうと奥様が「わかりにくいのでご案内します」とご親切にそばまで道案内をしてくださいました。感謝。ところが階段の途中の標識の方向に歩いても墳丘は見当たりません。実は先ほど書いたように石室だけしか残されておらず、その横には後世造られた石垣があって竹やぶの先の開口部を見つけるのにうろうろしてしまいました。その後のことは既に記したとおりです。存分にご堪能ください。アクセスは近鉄信貴線服部川駅から高安古墳群周回のモデルコースで後半に訪れるところです。八尾市観光協会のHPに入り高安古墳群コースを参照してください。終点の信貴山口駅から歩く方法もあります(法蔵寺はどの地図にも載っています)が、坂がとても急です(撮影20171113日)。高安古墳群では既に俊徳丸古墳と抜塚を紹介しています(クリックすれば飛べます)。合わせてご覧ください。


開山塚古墳(郡川1号墳)基本データ

所在地 大阪府八尾市

形状 円墳

規模 径30m、石室 長さ13.05m、玄室長4.67m 幅3.37m 高さ4.2mと推定

羨道長 8.38m、幅1.5m、高さ1.9m

築造時期 6C

出土品 不明

史跡指定 高安古墳群として国指定

特記事項 高安古墳群はいくつかの支群からなり開山塚古墳は郡川支群に属する

開山塚の由来は法蔵寺を開山した好山和尚に由来する。


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