上から見下ろす横穴石室の玄室

 今回の後期古墳 福岡県久留米市にある日輪寺古墳は久留米駅の西側 徒歩でも10分ほどのところにあります。線刻模様が横穴石室の玄室内石障(せきしょう)に残されていることで知られているというので勇んで向かいました。元は墳長50mほどの前方後円墳だったようですが削平され全くその面影はなく石室のある後円部の一部が残るのみです。日輪寺の住職のお宅に声掛けをするとあっさりと「どうぞ」とのこと。境内は雑木林がおいしげっていますが石室のある覆屋はすぐみつかりました。かなり大きい建物です。錆びついた錠を外すのに一苦労。中にはいると、まるで竪穴のようにみえる石室がみえました。なるほど横穴石室の天井板石がすっかり抜かれ玄室内を上からみおろしているのです。古墳を造った人々は後世、こうした方法で上から覗かれるとはよもや思わなかったのではないでしょうか。

 きれいに板石が積まれた玄室は長さ3.5m、幅2.3m、高さ1.7mですが羨道(閉塞石とおもわれる板石が積まれふさがれている)を加えると石室長さは5mは越えそうです。そして遺体を囲むように板石が組み立てられた石障(石屋形とも屍床(ししょう)ともいわれる九州特有の埋葬施設)が見えました。お目当ての線刻模様は石障に描かれているはずです。

残念ながら覆屋内はかなり暗く見えるかどうか心配になります。ヘッドランプで照らしながら近づいてようやく確認できました。それでもよくわかるのは同心円紋だけで説明にある鍵手紋はよくみえません。縄掛け突起のような突起が側壁にいくつか並んでいます。なにか意味があるのでしょうか。それとも単なるアクセサリーなのでしょうか。いずれにせよ不思議です。四獣鏡、鉄鏃、鉄刀、銅環、玉類、石枕、土師器、須恵器など副葬品が出土し既に紹介した浦山古墳(クリックすれば飛べます)に続いて6C初頭にこの地域を支配した豪族の墓として築かれたもののようです。古墳は全国に沢山築かれたにもかかわらず壁に描かれた模様のある装飾古墳は九州が中心で、まとまってあるのは関東東北に少しあるだけで畿内では高井戸横穴墓群だけです。不思議です(20161025日)。

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