竹やぶの中にひっそり佇む石室


 今回もまた大型の横穴石室をもつ終末期の古墳、奈良県天理市の峯塚古墳を紹介することにします。このブログのアップの順番は前期(出現期)→中期→後期(終末期)をワンセットにして繰り返すという方法をとっていますが、後期(終末期)に見学可能な古墳が多く

未アップのものが溜まってしまったのです。ご容赦ください。それにしても迫力のある終末期古墳です。素人目にもどこかで見たことがある石室と思ったらなるほどかなり早い段階でアップした近鉄飛鳥駅にほど近い岩屋山古墳(クリックすれば飛べます)によく似ていました。現状は岩屋山古墳が多くの見学者を受け入れているだけあって周囲も整備されているのに対して、峯塚古墳のほうは竹藪の蔭にひっそりとたたずんでいます。調べてみると近畿の石室編年ではこの峯塚古墳は岩屋山式に分類されています。どうりで似ているわけです。玄室の奥壁が二段、羨道の玄室寄りが一段、入口近くが二段の巨石からなっているのが特徴です。羨道の入り口部分は土砂でかなり埋まっていますが注意深く入るとすぐに巨大な空間が広がります。驚きです。

 このブログでは理屈抜きに見学可能な石室を紹介していますが、それぞれに個性豊かで見る者を飽きさせません。ひとつ明らかなことは終末期に近づくになるにつれ用いられている石材が大型化し切石積みが多く、羨道も長くなっていることです。武骨な荒々しさを残している石室として島根県松江市の岡田山1号墳(クリックすれば飛べます。動画3をご覧ください)をあげておきます。完成度という点では群馬県総社町の宝塔山古墳(クリックすれば飛べます)を思い出さざるを得ません。白石太一郎さんはこうした特徴は「小さな割石や自然石塊で大きな空間を構成しなければならないという構造上の問題点を用材の巨石化によって克服していったこと、さらに追葬が盛んに行われるようになって羨道部も埋葬の場所として玄室と同じ役割をもつようになったから」と述べています(古墳の知識Ⅰ、墳丘と内部構造、東京美術、1985)。そして奈良県、大阪府では一つ前に紹介した お亀石古墳のような横口式石槨が登場します。

 アクセスですが近鉄天理線天理駅から徒歩30分です。バスもありますが本数が少なく歩いたほうが早いと思います。天理高校前の道を南に下り(西山古墳を右にみながら、クリックすれば飛べます。是非ご覧を)、杣之内町南の信号を越え一つ目を左折、100mほど歩くと左手に天理親里競技場のフェンスが見えます。右手を見ると動画1の冒頭です。白い説明板沿いに南に歩くとすぐにお地蔵さんが見えるので手前の細い道を道なりに歩いていくとイノシシよけのフェンスがあり(針金を外し出入りは可能、教育委員会の説明)中に進むと左に竹藪があり古墳にたどりつきます(撮影2016年11月8日)。


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