古墳ファン 中でも石室ファンにはさほど珍しくもないかもしれませんが さほどこの世界を探訪して長くはない私には新鮮な驚きでした。古墳の大型化の時代は既に終わり、できるだけ規模を縮小して被葬者の霊を弔うということなのでしょうか。羨道、玄室、その中に石棺というこれまで見てきた石室とは違い、羨道に直接大型の石棺が接続されています。節約志向です。その石棺の短辺には横口が開いています。切り口がきれいなので盗掘孔ではないことはすぐにわかりました。蓋石も残されていると現地説明版にありましたが、発見できず。富田林市の教育委員会に聞いたところ委員会が保管しているそうです。そういえば石棺の長辺に横口が開き霊魂が外界と行き来できるようにしていると聞いたのは出雲市の今市大念寺古墳(クリックすれば飛べます)でした。お亀石古墳の横口は狭すぎてそれは難しそうです。

 そのお亀石古墳。富田林市の北1㎞ほどのところの山間にありました。近年の調査の結果一辺21mの方墳ということがわかっています。ただ動画でおわかりのように封土はほとんど削られ石舞台(クリックすれば飛べます)ほどではありませんが埋葬施設が露出しています。羨道左右の壁石を支えるまぐさ石を屈みながら進むと先に家形石棺が見えてきました。縄掛け突起が印象的です。その後、石室上部にまわると残りの縄掛け突起が夏草の影に覗いていました。動画2でご覧ください。また現地説明板は家形石棺の周囲には古墳の東南部に位置する飛鳥時代の新堂廃寺の瓦に共通する百済様式のものが積み上げられていたとし、被葬者が同寺の施主ではなかったかと書いています。

 この横口式石槨について白石太一郎さん(近つ飛鳥博物館館長)は「古墳時代の終末期には近畿地方の奈良県、大阪府を中心に、横口式石槨とよばれる、石棺様の一方の短辺側に横口を設け、さらにその前に羨道などを設けた埋葬施設が出現します。この施設は九州や山陰地方の石棺式石室と共通の要素をもつものですが、明らかに系譜を異にします」(古墳の知識Ⅰ 墳丘と内部構造、東京美術、1985)と述べています。お亀石古墳は家形石棺そのものの外観残されているという点で比較的古式のものとみられているようです。ご関心のある方は是非、白石本をお読みください。

 アクセスは近鉄大阪線富田林駅下車 北口に出て昭和町北信号を右折、次の緑が丘の信号を左折、緑が丘住宅をとおりすぎ200mほど進むと突き当りるのでそのまま西沿いにしばらく歩くと動画1の冒頭のところにでます。徒歩20分ほど(撮影2016年8月9日)。
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