今回の前期古墳は千葉県市原市にある姉崎天神山古墳です。墳長130mの前方後円墳です。既に紹介した六孫王原古墳、二子塚古墳が属する姉崎古墳の中では最大規模を誇ります。その詳細はあとで触れるとして、市原市は20167月中旬ゲリラ豪雨に見舞われ住宅街の道路が濁流に変身した様子がテレビでも報じられました。姉崎古墳群からも至近の距離のところです。今回の姉崎天神山古墳や六孫王原古墳を歩いていてなるほどと思いました。姉ヶ崎駅から古墳群に向けて急な登坂が続きます。動画2や3でもおわかりのように西の東京湾方面だけでなく谷をはさんで南の丘陵もよくみえます。標高は30mから40mもあり古墳を築くには絶好の場所ともいえます。

天神山古墳を含む養老川流域の姉崎古墳群は上海上国造(かみつうなかみのくにのみやつこ)とその前身豪族により4C中頃から継続的に造られたと考えられており、全国古墳編年集成(雄山閣、1995)によれば、今回の天神山、釈迦山(いずれアップ)、二子塚古墳(クリックすれば飛べます)、山王山(消滅)、ずっと飛んで7C後半に六孫王原(クリックすれば飛べます)の順で築かれたようです。ということは古墳時代のほぼ全期間を通じて古墳が造られたことになります。いずれの古墳にも養老川流域を支配した豪族が眠っているに違いありません。

肝心の天神山古墳ですが、残念なことに丘陵先端に雑木に覆われて位置することと周辺の開発のために横から墳丘全体を撮ることがかないませんでした。唯一全体像がわかるのは後円部東側から前方部を臨んだ動画3だけです。それでも、その大きさはかなり伝わってくるのではないでしょうか。後円部径が60mを超え、前方部幅は50m超と、中期以降にみられる前方部の発達はありません。そうしたところからも天神山古墳が前期に位置することがわかります。くびれ部分には天神様がまつられており前方部側から後円部への視野を遮ります。全国の古墳にはこうした例が少なくありませんが(一例は岐阜県大野町の上磯古墳群、動画1 クリックすれば飛べます)、神社のお蔭で墳丘が残されてきたことを考えるとわがままは言えません。

アクセスですが姉ヶ崎駅から徒歩が地形の変化もよくわかりお勧めです。姉ヶ崎駅から椎津変電所のある交差点を目指し歩き、そこから登りになる姉崎神社の東側の道路を進み、一つ目を左折し(東方向)道なりに進むと左に天神山古墳の道標が出ています。その道を下ると動画1の冒頭のシーンになります(撮影2016年2月2日)。
姉崎天神山古墳







姉崎天神山古墳基本データ

所在地 千葉県市原市

形状 前方後円墳

規模 墳長130m、後円部径60m 高さ14m、前方部幅55m 高さ8m

築造時期 4C

出土品 土師器、鉄鏃、刀子、管玉

史跡指定 県指定

特記事項 姉崎古墳群中 最大規模



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