幾ちゃんの独り言 大阪府編 2((1)からの続き)

中期には大王墓が眠る300m超級の古墳が堺市、羽曳野市、藤井寺市にまたがる地域にところ狭しと並んでいます。百舌鳥・古市古墳群です。世界遺産への登録を目指していることも知られていますが、残念なことに多くの巨大墳墓が宮内庁の管理下にあって墳丘に近づくことはできません。周濠(堀)の外側にある拝所から緑の高まりを臨むのがせいぜいです。墳長480m超の仁徳天皇陵(大仙古墳)は堺市役所の21階展望ロビーからその巨大さは実感できないとはいえませんが、上空から見る前方後円墳の形を想像することはほとんど不可能です。他の地域で整備、復元された前方後円墳を多数見てきたものからすると、別の構築物のようにもみえます。しかも考古学者はじめ専門家の方々すら近づくことは容易ではないようです。何かしらの工夫が必要だと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょう。


 とはいえ両古墳群をこのブログから外すわけにはいけません。既にいくつかアップした古墳をご覧ください。百舌鳥古墳群では 墳長486m仁徳天皇陵(大仙古墳) (以下特段の理由がない限り古墳名をクリックすると飛べます)、290m土師ニサンザイ古墳365m履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)146mいたすけ古墳を見て頂けます。古市古墳群では墳丘に登りその大きさを実感できる墳長130m古室山古墳110m大鳥塚古墳を紹介しています。まだ墳長200mを超す郡中、最も北にある津堂城山古墳も応神天皇陵等もアップできていません。


 実はこの古墳踏査を始めるまでは知らなかったのですが、百舌鳥・古市古墳群で巨大古墳が築かれつつあった頃、周辺でも規模は小さいもの前方後円墳はじめ多数の古墳が造られています。ヤマト王権との関係が気にかかりますがいくつかの古墳は当時の姿に復元され訪れるものを楽しませてくれます。八尾市の墳長160m心合寺山古墳(以下クリックすれば飛べます)、岸和田市の墳長71m帆立貝型、風吹山古墳、豊中市の径56mの円墳、大塚古墳を紹介しています。お気に入りの心合寺山古墳は既に季節を変え三度も訪ねています。


 最後に是非ご覧いただきたいのですが巨大な前方後円墳の時代が終わり、天皇陵も小規模になりつつあった6C後半、近つ飛鳥博物館(古代史ファンには必見です)のある南河内郡河南町に径86m39mの円墳が並ぶ双円墳と呼ばれる金山古墳が造られています。39mの墳丘下には横穴石室が開口し家形石棺を確認することができます。非常によくできた復元古墳です。二度目の訪問では青空に映える雪をかぶった墳丘が異空間に私を誘い込みました。

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