今回はこれまでアップした前方後円墳、方墳、円墳など156基の中から、葺石も含め復元された(以前は復原も使っていましたが復元に統一します)前方後円墳をご紹介します。あれも抜けているこれもないよというご指摘があるかもしれません。既にアップ済みのものの中から選択していますので、ご容赦を。

  墳丘に葺かれた葺石の機能は権力を見せつけるため(可視性)、墳丘の斜面を保護して古墳の崩壊を防ぐため(排水)、さらには古墳とそれ以外の地域とを区別する聖域であることを示すためなど専門家の間でも色々な見方があります。とはいえどこに力点を置くかの差のように思えます。個人的には葺石が敷かれテラスなど平坦部分に埴輪が並べられた前方後円墳の姿は遠くからも十分に確認できます。見せる・見られるための機能が十分にあったのではないかと思っています。

  最初に紹介するのは広島県東広島市にある三ツ城古墳(クリックすれば飛べます)です。墳長は92mと、このあと紹介する古墳よりも小規模です。しかし前面に葺石が復元されていることもあり実に堂々としています。まれなケースといってよいと思いますが墳丘を見下ろすことができるという意味でも貴重な古墳です。このブログをスタートして最初の頃にアップしたこともあり動画のキャプションなど稚拙さが目立ちます。


 岐阜県大垣市の墳丘150mもある昼飯(ひるい)大塚古墳(クリックすれば飛べます)も印象的です。全国で302基ある墳長100m超の古墳の一つです。葺石の復元は一部ですが葺くにあたっての区分がよくわかります。石自身は昼飯大塚に限らず多くの場合、近接の河川から採取したもののようです。それは素人目にもわかります。とにかく膨大な数なのですから。遠隔地から特定の石にこだわることは困難だったでしょう。4C末に造られたと考えられているので前期に位置付けましたが前期と中期の丁度境目になります。

   ついで石川県能美市の墳丘141m秋常山古墳(クリックすれば飛べます)です。

中期の初頭ですから昼飯大塚古墳(こちらの区分は前期末)とほぼ同じ時期に造られています。ここでも葺石が葺かれる順ということでしょうか。動画4(タイトルがダブっています)の最後の部分で後円部墳頂から裾にかけて縦に区域がわかれていることがわかります。


大阪府八尾市の墳長160m心合寺山(しおんじやま)古墳(クリックすれば飛べます)の葺石も見事です。前方部の西側しか復元されていないのが残念ですが、それでも昼飯大塚、秋常山古墳の葺石とは異なっていることはわかります。石自体が大きく密に組まれています。なお動画2の前方部南側からのショットには築造当時の葺石が用いられていることを示すキャプションを入れてあります。


  京都長岡京市の恵解山(いげのやま)古墳(クリックすれば飛べます)は最近完成したばかりの復元古墳です。5C中頃に造られたと考えられている墳長128mの前方後円墳です。葺石の復元は前方部南側の一部にとどまっています。


五色塚古墳亀塚古墳のところで触れていますが、葺石を築造当時に近く復元した墳長194mの迫力は違います。あらためてご覧ください。