今回紹介する中期古墳は大分県大分市にある墳長120mの前方後円墳 亀塚古墳です。別府湾を見下ろす高台に復元整備された葺石のある墳丘は動画でおわかりのようにきわめて明瞭です。とはいえJR日豊線の坂ノ市駅から古墳に近づくにつれ視野に入るのはこんもりとした森ばかり。不安がつのりました。ところがアクセス道路から亀塚古墳公園の敷地内に入り林を抜けると動画1の墳丘が目の前に飛び込んできました。驚きの一言でした。三段築成の墳丘と白砂(にみえたが玉砂利)に赤みがかった円筒埴輪が映える造出しのバランスは絶妙でした。動画1はその雰囲気をある程度伝えてくれているように思います。

 熊本大地震と連動するかのように4月14日大分市でも震度5弱を観測する震災に見舞われましたが現地に確認したところ古墳自体には被害はなかったようです。私が訪問したのは2015年暮れも押し詰まった頃でしたが今も動画に見る墳丘は健在です。是非現地を訪れて頂きたいと思います。

 動画のキャプションにも書きましたように前方部に近づくとその幅の広さに驚かされましたが実際には中期古墳も初期だということでしょうか62mの後円部径よりもよほど狭い約37mほどしかありませんでした。同様の印象を市役所の文化財担当の方ももっておられたようです。後円部頂から見てはじめて前方部はさほど発達していないことを確認しました。動画5でご確認ください。目の錯覚とはおそろしいものです。

 後円部頂上の埋葬施設は二つあり第一のみ長さ3.2mの大型の箱形組み合わせ式石棺が復元されています。残念ながらともに盗掘が著しく短甲、鉄刀の破片、玉などが出土しているにすぎません。とはいえ別府湾を北東方向に見下ろす墳頂からの眺めのよさは被葬者の地位の高さがよく理解できます。資料館のパンフレット冒頭には「当時、坂ノ市・大在から佐賀関を経て佐伯に至るまでの豊後水道を臨む一帯では、優れた航海術をもった豊後の海民が、瀬戸内海廊を縦横にかけめぐり、大陸に進出しようとしていた大和政権と密接な関係をもちながら繁栄を誇っていました。こうした伝統をもつ地域であったからこそ、後の奈良時代には、この地に「海部郡」(あまべぐん)が置かれたに違いありません」と書かれています。
  同じように海を見下ろす古墳といえばより海岸線に近いところに築かれた神戸市の五色塚古墳(クリックすれば飛べます)は見逃せません。こちらは規模はずっと大きい194mです。合わせてご覧ください。なお亀塚古墳北側にはいずれ紹介する前方後円墳小亀塚が造られています。


 アクセスはわかりやすいです。坂ノ市駅を出て南に歩き三つ目の信号を右折し西方向に進みます。二つ目の信号を左折(途中で川を渡る)し道なりに歩き一つ目の道を右(北方向)に200mほど歩くと右手に亀塚古墳公園方向の標識があります(撮影2015年12月24日)。

亀塚古墳基本データ

所在地 大分県大分市里

形状 前方後円墳

規模 墳長120m 後円部径62m 高さ10m、前方部幅約37m 高さ7m

三段築成 葺石あり

築造時期 5C初頭

出土品 第一の埋葬施設から短甲、鉄刀の破片、滑石製の勾玉、碧玉製の管玉、ガラス製の小玉等

史跡指定 国指定

特記事項 大分県最大の前方後円墳



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