高松塚古墳と同じ横口式石槨 
 今回紹介する7C後半に築かれたと考えられる終末期古墳、平野塚穴山古墳には大いに期待して出かけました。残された石室は国宝の壁画で有名な高松塚古墳と同じ横口式で、その規模は一回りほど大きいのです。玄室の高さだけでも高松塚1.3mに対してこちらは1.76mもあります。加えて埋め戻された高松塚に対して平野塚穴山古墳は一般公開されています。それだけでも心躍りました。事前に色々な方々がアップされている画像などを見てもすばらしさは納得がいきました。

したがって以下のやや批判的な感想、コメントはこの古墳自体の貴重さとはなんの関係もありません。ただ人々が古墳をどのように守り後世に伝えていくか今回の訪問は大いに課題を提供しているように思えるのです。

夏草が枯れた12月に入れば多くの古墳の除草が終わっているのではないか。ましてや国の指定史跡で、既に述べたような高松塚古墳と同様の石室を持つ古墳です。周辺はきれいに整備されているのではないか。ところが期待は裏切られ動画1で紹介したような状態でした。既にアップされた皆さんの動画とは大いに異なります。関係者に聞くと所有者の財務省(近畿財務局)と香芝市との間で調整がつかないことに加え、ボランティアの御近所の方による草刈りもご高齢で難しくなったというのです。もちろん一私人のために国費や県費を使ってほしいというのではありません。ただ香芝市のHPをみると、私が訪れた時とは全くことなる綺麗に整備された石室入口画像がアップされ、「高度な技術が見られる石組みの石槨(棺を納める部屋)や、皇族クラスにしか用いられない漆塗りの棺などから、茅渟王(ちぬおう・敏達天皇の孫)の墓と考えられています」などと記されています。草茫々でも石室が素晴らしければよいのではないかとのご指摘もあるだろうと思いますが、やはりこの古墳の持つ意義を地域の方々が理解できるような努力が必要ではないかと思いました。百舌鳥・古市古墳群が世界遺産登録を目指す中、国指定の古墳だけでも周辺整備することが、そうした気運を盛り上げることになるのではないでしょうか。

やや脱線しましたが、以下のような専門家の研究の記述からもこの石室が如何に重要かがわかります。以下に引用します。「床面に使用された磚状(せんじょう、レンガ状、幾次郎注)の石材については、平面形が長方形と正方形の2種がある。これらの石材は一部を除いて高さが不明だが、平面正方形のものの上面は一辺2尺(1尺29.5㎝前後)となる規格性が認められる。高松塚古墳墓道部に置かれていた方形切石の上面寸法は、これと完全に一致しており(図67、省略)、両者の関連性が強く示唆される。ともに二上山産出の凝灰岩製であり、今回、確認された加工痕跡にも共通性が認められることからも、平野塚穴山古墳と高松塚古墳の石槨は、同一の石工集団によって構築されたものと理解できる」(廣瀬 覚、香芝市平野塚穴山古墳石槨の3次元レーザー測量調査、奈良文化財研究所年報 2012)。

なかなか奥が深そうです。いずれ条件の良い時に再訪したいと思います。同じ横穴式、横口式の石室を持つ九州の古宮古墳を既にアップしています。比較してご覧頂ければと思います。

 アクセスはJR西日本和歌山線志都美駅から徒歩で20分ほど。駅近くの上中の交差点を北方面に(西名阪自動車道を越え)54号線を歩き、平野地区の正楽寺を目指します。階段をあがり本殿左(境内は狭い)に古墳があります。正楽寺がわかりにくく土地の人に聞いてもよほど近くにいかないとわかりません(訪れるとわかりますが地図には載っていますが小さなお寺です)。ご注意を(撮影2015年12月8日)。




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