埼玉県行田市の見事な石室を紹介します。墳形80mと巨大な円墳の墳丘は昭和初期にすべて削平され石室だけが残されています。石室の規模と石組の美しさを考えれば、墳丘とともに保存できなかったものかと考えさせられてしまいます。周囲の状況も動画に映っていますが住宅地ではなく工場地帯です。そう、工業団地のど真ん中に取り残されたように小規模な公園が石室保存のために開設されています。それでも、開発の波が押し寄せるなか関係者の努力でようやくここまで保存整備することができたというのが実態でしょう。いまはそうした方々に感謝しなくてはいけないのだと思いました。それでも一つだけ注文すれば、石室の入り口の鉄の格子状の門には強い違和感を感じました。最近番外編としてアップした韓国、ソウルの芳荑洞古墳の石室入口と是非、比較してみてください。皆さんはどうお感じになりますか。

 それにしても羨道、前室、中室、奥室とつながる現在長14.7m は巨大としか言いようがありません。羨道はほとんど欠損しているわけですから、もっと大きかったということになります。動画2と3の石室の壁の石組ですがパンフレットは「榛名山麓の角閃石安山岩、荒川上流域の緑泥片岩、比企丘陵地域の砂室灰岩など広範囲に渡る複数の地域の石材が豊富に使用」されていること「断面形が六角形の切石を積み上げ、目の通りをさけるために断面形の切石をはさみこんでいます」と記しています。


 副葬品も金銅装鞘尻金具等豊富に出土し、特に漆塗り木棺片は東国では極めてまれで被葬者が7C前半から中頃にヤマト王権と密接な関係をもっていたと考えられているようです。既に仏教が伝来しており、副葬品や築造方法、石組、石切りの技法にもその影響がみられるそうです。石室は土日祝日の午前10時から午後4時までです。


 国宝の稲荷山鉄剣のあるさきたま古墳群まで徒歩で30分ほど、そちらも是非どうぞ。石室はJR高崎線行田駅から南大通りコース「工業団地」行バスで終点下車。自動車の内装業寿屋フロンテの工場の真裏です(撮影2015年8月15日)。

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所在地 埼玉県行田市藤原町1-27-3

形状 円墳(削平、消滅)、石室のみ残存

規模 石室 全長16.7m(現在長14.7m、奥室幅4.8m 高さ3.1m

築造時期 7C

出土品 須恵器壺、銅椀、青銅製八花型棺金具、鉄釘、鉄鏃、

金銅装鏃尻金具、漆塗木棺片等

史跡指定 県指定

特記事項 さきたま古墳群の被葬者のあとにこの地域で権力を

ふるっていた人物が被葬されていると考えられる



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