このブログで紹介している数多くの古墳ですが、その古墳の被葬者の身分、そして古墳の形式や規模との関係はどのようなものだったのでしょう。この点が明確になると、ご覧いただいている古墳の動画もさらに興味深いものになるのではないでしょうか。ここに、専門家のわかりやすい説明がありますので、それを紹介しながら私も確認をしたいと思います。都出比呂志さんがお書きになった「古代国家は成立したか」(岩波新書、2011)の68頁から70頁にかけての記述です。

 


「地方の有力首長は、頂点に立つ中央政権の下で、権力構造に組み込まれました。権力構造に組み込まれるということは、権力構造のなかで身分が定まるということです。」「それは古墳の形で表現されたのです。」よく知られているように前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳の四つの基本形がありますが、都出さんは「同じ墳形にも規模の差があり」「したがって、被葬者の身分は墳形と規模との二重の基準で表現されたと考えます」と述べておられます。

 


 こうしたことを前提に「これまでアップした古墳一覧に記された墳形、規模」に注目されるとまた興味深いのではないかと思います。さて都出さんは次のようなことも述べておられます。

 


「古墳時代の身分秩序は、奈良時代の律令国家の身分秩序と同じなのでしょうか。同じではないでしょう。律令国家の身分秩序は、上から一方的に任命する関係でした。これに対して古墳時代の身分秩序の決定は、中央政府の関与も当然ありますが、実質的には、実力のある首長どうしがお互いに身分を相互承認し合う関係ではないかと考えています。少なくとも前方後方墳が存続する四世紀末まではそうだと思います。」

 


これは非常に説得力のある指摘でなるほどと思って読みました。「上からの一方的な任命ができるほど強力な中央政権ならば、有力首長墓の形は、中国の殷や周のように、王墓が縮小された形に統一され、日本ではすべて前方後円墳の縮小形になるでしょう」ともいわれています。