今回紹介するのは畿内では前方後円墳がみられなくなった終末期の6C末(7C初ともいわれる)に現在の群馬県高崎市(当時の上野国)に造られた100m規模の八幡観音塚古墳です。既に仏教が伝来し、間もなく白村江の戦いを迎える時期になります。


 この地には観音塚に先立ち、5C後半に平塚古墳、6C前半に二子塚(いずれも前方後円墳)が造られて八幡古墳群を形成しています。東国以外の首長墓は円墳や方墳が主流となるなかなぜ東国では前方後円墳が造り続けられたのか興味深いところですが、そこは専門家の議論に委ねましょう。大型の墳墓築造の理由が権力、権威を「見せる」「見せつける」という点にあるという点からすると碓氷川、烏川に囲まれた台地は絶好の地であったに違いありません。高崎市からコミュニティーバス(ぐるりん少林寺線)で十分体感できます。バスに40分ほど揺られJR信越本線群馬八幡駅を過ぎたあたりから丘陵が迫ってきます。西部公民館前あたりからの急坂を一気に登り切ったところに古墳は立地していました。前方部が後円部に比して大きく(高さも高い)発達した墳丘は人々の心に焼き付いたことでしょう。


 この古墳は関東の石舞台ともいわれる巨大石室と発掘された銅承台付蓋碗や画文帯環状乳神獣鏡など豪華な副葬品(一括して重要文化財)でも知られています。太平洋戦争中の防空壕掘削途中に地元の人々により偶然発見された貴重な品々は丁寧に保管され、それが現在、古墳から200mほどのところにある観音塚考古資料館の前身になったと聞きます。鍵がかかっていて全く中の様子すらわからないどこかの石室と違い、石室は開口しておりいつでも見学可能です。このあたりが地元主導で保存されてきたことの強みかもしれません。資料館で懐中電灯も常備されているのにも驚きました。動画でどこまで雰囲気を伝えることができたかはわかりませんがご覧ください。


 アクセスは既に書いたように高崎駅西口発のバス、ぐるりん少林寺線で考古資料館前下車が最も便利です。ただ、バスの本数は1時間に一本しかありません。JR信越線群馬八幡駅から徒歩だと30分ほど。