苦労して訪ねた甲斐があった大型石室のある円墳
「えーっ」バスの便がない。確かに11時14分新大阪駅発の神姫バス西脇市駅行の高速バスがあったはずなのに。12時35分に到着して、12時50分発のグリーンバスに乗り換え、古墳のある多可高校口には13時38分には着く計画を立てていたのです。このために早朝品川を発ったのにとブツブツ。どうやら私がネットで調べた時刻表が10月1日から変更になり予定の便は廃止になっていたためと判明。やむなくこの日は行き先を変更。その一週間後、満を持して訪ねたのが今回の動画です。幸い終わりかけの紅葉を借景にした東山古墳群はなかなかの趣きでした。
国道427号線の多可高校口でバスを下車すると北側に迫ってくるのは標高693mの妙見山です。東山古墳群はその麓。全部で16基からなる古墳群のうち、今回の15号墳は径24.5mと二番目の規模で、盟主墳としては古墳時代最後(終末期)のものだそうです。古墳群の最南端に位置しています。周辺にほとんど人家がないこともあり700m先の15号墳がバスを降りた国道427号線から確認できるのです。動画1の前半がその様子です。このように古墳を造られたと同じように遠くから眺めることができるのは極めて珍しく、500基を超えてアップしているこのブログでも数基ではないでしょうか。鹿児島県大崎町の墳長137mの前方後円墳、横瀬古墳も遠くからその姿をみることができます(古墳名をクリックすれば飛べます)。
東山古墳群は1996年から3年にわたり発掘調査が行われ、16基の円墳うち12基を整備し史跡公園としています。最大の古墳は径30mの1号墳ですが、15号墳と同じ規模の石室を備えています。最初と最後の盟主墳の石室の大きさがほぼ同じというのも面白いですね。説明板に寄れば、7世紀のこの地は大きな変革の時代で、新式の農具が導入され、平野部では開発が進み、古墳の被葬者はそうした変革を指導したのではないかと推察しています。たしかに古墳の南側(国道が走っている側)は一面、田畑が広がっていました。
15号墳の石室はご覧のように幅が狭く長い羨道が印象的です。羨道の長さは玄室の長さの倍ほどもあります。もう一つ、石室開口部手前はハの字型に開いた前庭部で、高さ4.5mの墳丘にはテラス(幅広の段築)と周濠がまわっているのも特徴です。同じころに造られた神奈川県秦野市の径28mの円墳、桜土手1号墳(桜土手古墳群) (クリックすれば飛べます)とよく似ています
(撮影、2019年12月12日)。
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