横穴石室も見れる巨大円墳
今回の車塚古墳 どでかいとしか言いようのない円墳です。埼玉県行田市のさきたま古墳群の径105mの丸墓山古墳につぐ規模で径82mを誇ります。ただ、動画1の頭に映っているように周濠がまわり堤が残されているのでずっと大きく見えます。いつものことですがなぜこれほど巨大な墳丘を持つ構築物を造ったのだろう思ってしまいます。
道を挟んだ西隣の牛塚古墳、丸塚古墳、愛宕塚古墳とともに黒川沿いに築かれた壬生古墳群に属し、最も遅く終末期の7C前半に築かれたと考えられています。墳丘に登ることができるので、下野地域独特の段築一段目のテラス(平坦面)が広い状況がよくわかりますし、残された葺石も確認できます。急な斜面を登り、上から見下ろすと、習濠と堤の様子が一望できます。
肝心の石室ですが、墳丘の規模に比して小さい感じがします。長さ約3mの玄室は高さが2.3mしかありません。畿内を中心に広がる後期の羨道を通過して玄室に入った際の空間の広がりに慣れてきた私にとってはやや意外な感じがしました。もっともこれは素人の単なる感想で終末期の古墳は総社古墳群の蛇穴古墳の石室もはじめ天井は低いのですね。凝灰岩の一枚の板石を使った玄室は朱がよく残っています。なお当日は調査は休みでしたが、立ち入りは許可を壬生町歴史民俗資料館で頂きました。アクセスですが東武宇都宮線壬生駅駅に近くの壬生城内にある歴史民俗資料館に寄り、午前中は駅を挟んで今回の牛塚古墳や車塚古墳のある北側、午後は丸塚古墳、吾妻古墳等がある南側を歩きました。(撮影2015年11月12日)。
車塚古墳基本データ
所在地 栃木県壬生町
形状 円墳 三段築成 葺石あり 横穴石室
規模 径82m 高さ11m(周濠底から11m)
築造時期 7C前
出土品 不明
史跡指定 壬生古墳群として国指定
特記事項 横穴石室規模 玄室は長さ3m、幅2.8m、高さ2.3m 奥壁 天井 横壁ともに
一枚板石 埴輪はない
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