アップの作業をしている本日から遡ること5年と8日間前に起こった東日本大震災(2011311日)。この大災害を忘れるわけにはいきません。いくつかの古墳がこの全容を目の当たりにしていました。これまで2度にわたり紹介した宮城県名取市の飯野坂古墳群(1飯野坂古墳群(2からわずか南東2kmのところには津波被害の映像が繰り返し流された仙台空港が、また東6km方向には高さ9.1mの津波による甚大な人的被害が生じた閖上地区(ゆりあげ)があります。

秋の陽射しが指す飯野坂古墳群は震災の恐ろしさを忘れるかのように嘘のように静まり返っていました。今回が最後となる飯野坂古墳群(3)の薬師堂古墳は古墳群中では墳長68m66m65mと諸説ある)と最大規模の前期築造の前方後方墳です。そして山居古墳や観音塚古墳からは最も離れた南、つまり今回の津波襲来に近いところに位置します。古墳群の各古墳は4C中に観音塚(飯野坂古墳群(1))⇒宮山(飯野坂古墳群(1))⇒薬師堂(今回)⇒山居(飯野坂古墳群(2))、山居北の順で築かれたと考えられています。前方後方墳が美濃に多数造られ、その影響が東北のこの地にも及んだと考えている赤塚次郎さんのような(NPO法人、古代ニワの里・文化遺産ネットワーク理事長)研究者もおられます。仙台平野では東海系の土器も発掘されていますが、飯野坂古墳群ではアップした古墳からの出土品は発掘調査が行われていないこともあり全くわかっていません。東海地方とのつながりが明らかにされれば大変に興味深いだけに是非、今後の研究に期待したいものです。

ところで歩いた時にはまったく気づかなかったのですが、いずれ紹介する雷神山古墳も飯野坂古墳群も地形図をみるとストンと切り立った丘陵にあります。いわば自然の要塞の隅に古墳は存在し、それもあって甚大な被害を免れたような気がします。名取市で震度6強を記録した大震災での揺れも飯野坂古墳群を襲ったはずですが、現在の薬師堂古墳からはなにも感じられないのも(修復されたのであればごめんなさい)そうした地形に助けられたのかもしれません。

アクセスは東北本線館腰駅か名取駅から徒歩がよいと思います。館腰駅から雷神山古墳を訪ねたあと西側入り口に出て126号線を北上し注意深く歩くと道沿いに飯野坂古墳群中最後に造られた薬師堂古墳方面の⇒が見えます。鳥居があり階段をあがると古墳があります。名取市HPの「位置関係はこちら」という地図を印刷して持参することをお勧めします(撮影2015年11月5日)。




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飯野坂古墳群(3)薬師堂古墳基本データ

所在地 宮城県名取市飯野

形状 前方後方墳

規模 墳長 68m、後方部辺 35m 高さ6.4m、前方部幅21m 高さ3.6m

築造時期 4C中頃 築造は観音塚、宮山、薬師堂、山居の順と考えられている

出土品 不明

史跡指定 国指定

特記事項 隣接地域に前方後方墳が集中して造られているところが全国的にもあまり類例がないとされる




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