今回の前期古墳は栃木県大田原市湯津上にある墳長84mの前方後方墳、下侍塚古墳です。既に118日に紹介した那須八幡塚古墳同様、那珂川に沿った段丘上に位置します。徳川光圀公の命で発掘が行われたことでも有名で、調査後、崩壊を防ぐために行われた松の植林は美しい墳丘として古墳ファンにはよく知られた存在です。もっとも、今では松くい虫の被害や松の根が大きくなりすぎて却って墳丘を壊すのではないかとの声も聞かれます。それはともかく、ようやくたどり着き、田畑の広がる東側からみた下侍塚古墳はたしかに枝ぶりの良い盆栽をみるようで感激しました。周辺には侍塚古墳群があり、そのコントラストがまた美しいのです。墳丘にあがってみると動画からもわかるように、後方部と前方部の高低差が大きく、また前方部が発達していないのが特徴です。
 残念ながら西側は294号線がとおり、結構、車の行き来が激しいです。道路を挟んで大田原市なす風土記の丘湯津上資料館があり、いずれ紹介する上侍塚古墳も含め豊富が情報が得られます。特別展もしばしば開催されています。是非、チェックを。
なお動画5は下侍塚古墳に隣接する方墳、円墳、前方後円墳からなる侍塚古墳群から見た下侍塚古墳と題して編集したものです。多少なりとも位置関係がおわかり頂けるでしょうか。なお築造時期は下侍塚と同時期と考えられる8号、6C代の5号などを除けば詳細は不明です。 

 アクセスはお世辞にもよいとはいえません。東京からだと一日がかりです。バスも下侍塚古墳を見学できる時間に到着できるのは日に2本しかないので注意が必要です。西那須野駅から東野バス五峯の湯行きで黒羽支所まで行き、今回の場合30分待って(前回はほとんど待たずに接続のバスがあった)、大田原市営バス黒羽・佐良土線に乗り換え侍塚駐車場下車です。もっとも上侍塚古墳、上侍塚古墳も近くに位置していますし、侍塚古墳群が下侍塚古墳横に控えます。見応え、訪ねる価値は十分すぎるほどです。計画を十分に練ってお出かけください(撮影日2015年10月22日)。PNG shimosamuraizuka zu



下侍塚古墳基本データ

所在地 栃木県大田原市湯津上

形状 前方後方墳

規模 墳長 84m、後方部48×48m 高さ9.4m、前方部幅38m 高さ5m

築造時期 4C

出土品 鏡、太刀片、土師器(いずれも江戸時代に発掘され絵図に残された後埋め戻された)

史跡指定 国指定

特記事項 1692年(元禄5年)に、1676年(延宝4年)に付近で発見された那須国造碑の碑文内容解明のため徳川光圀の命により発掘調査が行われた(前方後方墳の世界 栃木県立なす風土記の丘資料館、1993年)。関連を裏付ける墓誌などは発見できなかったため。出土品は絵図に記録されたのち埋め戻されたとされる。

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