はじめて舟塚山古墳を訪れた時の新鮮な驚きは鮮明に覚えています。動画4の最後に静止画像で貼り付けたように墳丘の残雪が沈み始めた太陽に映え、眩しいほどでした。二回目の訪問は冬枯れといってよい時期でした。動画1でお分かりのように北側には墳丘を遮るものはありません。長い前方部を持った186mの墳丘が目の前に広がります。雄大、壮大、言葉を連ねないほうがよいかもしれません。どうぞご覧ください。

これまで数多くの古墳を見てきましたが、舟塚山のように幸運な古墳ばかりではありません。どこの古墳とは言いませんが、遺跡の一角はきちんと残されているものの、周囲は産業廃物の処理工場で大型トラックが絶えず行き来しているところもつい最近みてきたところです。

不思議なことにこれだけ巨大な古墳にもかかわらず、本格的な調査は行われておらず、出土品も周囲をめぐる濠から円筒埴輪の破片が出てきた程度で詳細はわかっていないようです。後円部登り口の神社前にある説明板によれば、地元では多数の刀が出てきたとの言い伝えがあるようで、陪塚と思われる円墳からも短甲、盾、直刀が出土したとのことです。機会があれば是非、本格的な調査を行ってほしいものです。古墳は動画撮影位置からわかるように霞ヶ浦に注ぐ恋瀬川から500mほど北にあがった丘にあります。被葬者が三昧塚古墳同様、霞ヶ浦一帯の水運を支配した豪族の首長墓であることは間違いがないでしょう。

アクセスはJR常磐線高浜駅から北方向に歩き線路を渡った118号線を道なりに進むと左手に看板が出ています。15分ほど。118号線をはさんで府中愛宕塚古墳もあります。こちらもどうぞ(撮影日2015年4月2日)。

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舟塚山古墳データ

所在地 茨城県石岡市北根本

形状 前方後円墳

規模 墳長186m 後円部径90m 高さ11m、前方部幅100m 高さ10m

築造時期 5C

出土品 円筒埴輪

史跡指定 国指定

特記事項 関東では太田天神山古墳に次いで第2位の墳長を誇る。茨城県では第1位。

前方部が長い点は1031日にアップした仁徳天皇陵の墳形と似ている。

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